12'バレンタイン前日

適当に集めたプリントを抱え、如何にも頼まれて行っているんですよという顔で廊下を歩く。辿り着いた目の前の重厚な扉をノックし、礼と共に入れば正面の机に白い山。の奥に真っ黒な頭が見えた。


「こんばんは」

「……あぁ、お前か」


仕事の手を止めこちらを見た先輩へ挨拶をしてから肩に掛けている鞄を下ろし、中からタッパーと皿を取り出してテーブルへ並べる。最後にお茶を注いでいると一区切りついたらしい先輩が正面に座った。よし食べるか、と手を合わせた所で先輩がうん?と不思議そうな声を上げる。


「どうかなさいましたか?」

「甘い匂いがする」


甘い、という単語にあぁ、と袖口に鼻を当てる。すんっと嗅いでみれば微かだが確かにチョコの匂いがした。


「明日、バレンタインでしょう?友人のチョコ作りを手伝ったんですけど制服のままだったので移っちゃったみたいですね」


葵君に、手作りチョコプレゼントしたいんだけど今まで料理とかやったことないから教えて!と泣きつかれたのは昨日。良いですよー、と軽い気持ちで引き受けて今日の放課後作ったのだ。怜司君も楽しそうだと参加しようとしたけど部活だと部の先輩に引き摺られて行ってしまった。彼はどちらかというと貰う方だよな、とそのまま見送ったけど明日文句か恨み事を言われるだろうか。


ぼけっと思い出していると先輩がバレンタインか……と目線を遠くへやる。
人気者の生徒会長な彼は芸能人みたいに大量に届くのだろう。葵君によると女子部や家関連からもくると聞いたから相当の数になると思う。男としては羨ましいような気がするがそんなには要らないなぁ。
そう思いながらどこかげんなりとした様子の先輩に苦笑した。


「……それで、作ったのか?」

「はい。友人の他にも何人か集まって少々大所帯になったので家庭科室で作ってきました」


放課後、葵君の他に同じように可愛らしい容姿をした人達が何か抱えて寄って来た時には何事かと思った。何やら葵君が昼休みに料理の出来る人に手伝ってもらって作るんだ、と同じ親衛隊の人に話したら僕もやりたい!となってついてきたらしい。始めは一人二人だったのにいつの間にか話広まっちゃったみたいで……、と申し訳無さそうに言う葵君の後ろには十人くらいキラキラした目で何を作ろうか本を開く人達。


「お菓子なんてホットケーキくらいしか作ったことなかったんで手伝いっていっても何か出来るか不安だったんですけどね」


料理はしてもお菓子はそう作った事がない。妹がたまに張り切ってクッキーやケーキを作るのをボーッと見ていたので手順なら知っているというくらい。そんな感じで大人数分の責任負えるだろうかと迷ったけれど、グイグイ引っ張られあっという間に調理室へ連れていかれてしまえば何も言えなかった。何より意気込みと言うか熱気と言うか、恋する乙女?な勢いに負けた。


「まあ、中等部で家庭科の授業も一応あったという話でしたし本もあるしで大丈夫だろうと思っていたら……」

「……いたら?」

「チョコを直火にかけようとしたりお湯にそのまま入れようとしたりで大変でした……」


家が製菓会社の人が一人いたからギリギリなんとかやっていけたけど、二人で暴走する人達を止めるのはかなり骨が折れた。何というか、こういう事はできるできないっていうより中途半端な知識で決行しようとするのが駄目なんだというのがよく分かった。
ふーっと息を吐いて項垂れると先輩が複雑そうに笑うのが聞こえる。


「あー、……お疲れさん」

「ありがとうございます。……まあそんなのよりチョコに爪を入れようとしたりとかするのを止める方が大変でしたけど」

「は?」

「おまじないって……恐いですよね……」

「…………」


両想いになる方法だとか書いてあるファンシーな装丁なのに禍々しいオーラを放つ本を片手に真剣にチョコへ何か仕込もうとしていたメンバーに必死に説得しまくった。自分が貰ったとして食べたいかと。てか食べられるかと。涙目で想いを訴えられたが頑張った。


「その人達にはちゃんと納得してもらえたので大丈夫と思いますが、手作りな物を召し上がられる際はどうかくれぐれもお気を付けください」

「……あぁ」


頬を引き攣らせ分かったと言う先輩に同情の目を向ける。一応、そんなのが無いか親衛隊の人達とかが調べて渡されるだろうけど。それでも何があるか分からないよね。人気者って大変だ。


「何だか、あまりチョコレート食いたくないな……」

「全てがそうなんて事はありませんから……」

「いや、それでもあの量を見ると食う気失せるぞ」

「あー、確かにに好きだったとしてもチョコ責めは死にますね」


ぐったりとしている先輩を見て流石に可哀想になった。気持ちを切り替えさせようと食事を促しながら皿を手に取る。その後はその日あった事からまたどうでもいい事にだんだん話が逸れていってバレンタインの事は有耶無耶になった。





話しながら玄関先に置いてきた包みの事を考える。少し残念に思ったが自分で食うか、と煮物を口に放りこんだ。



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