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ざわつく廊下を友人と駄弁りながらのたのた歩く。集会とかかったるい。話が長くなりませんように、と祈りながら講堂を目指していると、不意に鼻につくような匂いに顔を顰めた。


「なんかすげぇ匂うんだけど何だこれ」

「あー今日はまた一段と振りすぎだよなぁ」

「だから、なに」

「香水こーすい」

「ほれ、あれだよあれ。また人気者に絡んでるやつ」


香水?と鼻を押さえながら友人が顎で指す先を見る。人だかりの、ちょっと先に集まる人達。やや遠巻きに生徒から見守られるスクールカースト高そうな一団へやたら話しかけている何かちょっとキラキラしい奴。それが発信源らしい。


「物には限度がある」

「どーかん」


完全に鼻をつまんだ友人と目を見合わせた肩を竦める。鼻鈍ってんじゃねえの、ともう一度だけそいつを見ようとして、その人物に絡まれている方と目が合った。


「……」


別に、ガンつけたわけじゃないし、そうしたとして即退学叩き付けられるもんじゃないと知っていても気まずいものはある。取り敢えず会釈してみると余裕そうに微笑み返された。それが様になるような顔なのが同年代の同性として何となく気に食わない。
まぁ、挨拶はしたのだから文句は言われないだろうと先へ行ってしまった友人を追って踵を返す。それでもまだ匂いがついてくる気がして、成程、匂いは好き好きではあるけどやっぱり強さも重要だと再確認。そんなことを考えていると何となく自然の花の匂いと改めて比べてみたくなってきて、ほかほかの肉まん片手にいつもの場所へ行ってみれば既に花は散り、壁の向こうの誰かの気配も無かった。


――


寒さと暑さが交互に来る季節の変わり目。それがほぼ寒いに変わった頃、サクサク乾いた枯葉を踏んで鮮やかに色付く林を進む。


「……散ってたか」


久々に買えた焼き立てパンを小脇に携え辿り着いた木の下で独り言ちる。今年は学年相応それなりに忙しく。また悲しくも売店の限定品と出会う機会もご無沙汰で。色も香りも失せてしまった木を見上げそんなもんかと溜息を吐きながらベンチに座ろうとすると。


「お。久し振りだね」

「……いたの?」


壁の向こうから、言う通り久し振りな声がする。もう花は咲いていないのに。と、言うか三年間鉢合わせるって何気に同学年だったのか。


「今年で最後だなと思ってね」


確かに今年が学年最後の年で、冬を過ぎればここへ来る機会はもう二度と無いだろう。彼はちゃんとこの花の咲く頃来れたのだろうか。


「今年は咲くのが早かったみたいでね。散るのも早かったみたいで、残念ながら俺も花には会えなかったよ」

「それは、残念だったな」


今年が最後。他所の土地にも同じ花の木は当然あるけれど、この目の前に立つ樹はここにしか存在しないもの。最終学年として郷愁めいたものでもわくのか俺も何となく、寂しくは思う。


「ここの花の匂いが、一番好きだったように思うよ」

「確かに、今まで嗅いだ中で一番、良い匂いだったような気がする」

「あんなに嫌そうにしていたのに?」

「思い出補正ってやつで」

「今回はその言葉であってるかもね」


ははっとはっきりした笑い声を聞くのは初めてな気がする。この声も多分聞き納めだろうと思いながら笑い過ぎだと窘めると、笑いをひっこめたそいつは今度はしみじみとした息を吐き出した。


「この学園での思い出は色々あるけれども。この花の匂いを嗅いだ時にはきっと、君を思い出すのだろうね」

「ロマンチスト〜」

「まぁね」


揶揄い甲斐のない相手だと嘆息していると、さて、と落ち葉を踏む音が聞こえた。


「また、何かの折に会えたらよろしくね」

「縁があったらな」


年に数度。秋の間の短い期間ほんのちょっと話しただけの顔も素性も知らないままだった相手。縁と言うなら何という縁なのか。そもそもどこかですれ違ったとしてもお互い気付かないだろうと思いながら軽く別れの挨拶を交わす。
風にサワリと枝を揺らす緑だけの木を見納めとばかりに仰ぎ、冷めたパンを腹に収めて教室に戻った。


――


進学先の大学で昼飯を片手に校内をうろつく。新しい友人や人間関係は面白くはあるけど、やっぱり美味しいものは一人で食べたい気分である。秋の涼やかな風吹く並木を通りたまに利用していた人気の少ないテラスへ向かっていると、覚えのある匂いが鼻をくすぐる。あぁ、この花の咲く季節なのか。この大学にも植えられていたのかと少し嬉しく思いながらガランとした中で樹に程近い席を選び、まだ温かいパンにかぶりつき。


「……やっぱりこの匂いの中何か食うのは違うよなぁ」

「……ん?」

「ん?」


誰もいないと思っていた空間に疑問符の付いた声。こちらも同じような声を出しながら顔を上げれば、そう言えば同じ大学に進んだという、……何か学園で偉そうな役職ついていた誰か。いやしかし、短いながらも何となくこの声と反応には覚えがあるような。花の匂いにつられ、うっすら思い出していたものに似ているような。


「……意外に縁はあったみたいだね」

「……そのようで」


苦笑に苦笑で返し肩を竦める。知っているようで知らない相手だが、これこそ意外に分かるものだったらしい。壁越しでない邂逅に一先ず久し振りだと言い合うけれど。別に仲が良い訳でもなかったのだから何を話せばいいのやら。


「何か一個ちょうだいよ。美味しいのか美味しくないのか前から気になっていたんだよね」

「自分で買ってきて食えよ」


お互い遠慮は無いから気にしなくてもいいか。
パラリと落ちた花が手に落ちる。ふわりと漂う花の香りの良し悪しは、まぁ普通かな、と思うけど。思い出には残るものだと息を吸い込んだ。





記憶に香る花の縁














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