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思春期の恋愛なんて熱病のようなもの。冷めてしまえばそれまでの事を忘れたり恥ずかしく思って黒歴史にしたり。憧れの教師に恋をしたなんて、笑い話にできたら御の字くらいな、そんなもの。
俺が今抱えているものだって、いつかきっとそう消えていく。消えてもらわなければ、困る。
そう思っているのに見上げてくる教師は呆れた調子で否定してきやがった。


「若気の至りって若者が言うもんじゃねぇよ。それに、そうそう忘れるもんじゃないぜ?特にお前らくらいの時期のは」

「は?んな訳ねーじゃん。忘れるに決まってんだろ」

「あぁ?何言ってんだお前。青春の大事な一ページをなんと心得る」

「でも大人になったら、」


否定されればされるほどイライラしてきて、語尾が荒く吐き捨てるように喋ってしまう。お前に言われたくない、とふざけた態度も合間って癇癪を起こし掛けていると、ギシリと背凭れの軋みと共に、お前さぁ、という低い声が話を遮った。


「大人と子供は別の生きもんってでも思ってんのか?」

「……思ってねーし」

「いーや、思ってるね」


喋りながら煙草を取り出した教師に、ここで吸うのかと文句を付けようとしたがただクルクルと手で遊ばせる様子にタイミングを失う。


「誰だって年食や大人になるんだ。大人になったからって別人になる訳じゃねぇ」

「そりゃ、……そーだろうけど。年を取れば考え方結構変わるだろ」

「変わるもんもあるけど昔のまんまなもんも沢山あんだよ」

「…………」


いつもと違う真剣な声と眼差しに口をつぐむ。先生が、大人がそこまで言うならそうなのだろうか。では、いつかきっと風化すると期待していたこの不毛な想いも、変わらないまま有り続ける可能性があるのか。
泣き出したいような衝動に奥歯を強く噛む。希望を打ち破られた胸の内、冷たい風が吹き荒んでいるようだ。口をついて出そうな恨み言を飲み込み、口角を無理矢理上げる。辛くとも、こちらの想いを悟らせるような真似はしたくない。


「……それもそうだな」

「んなアッサリと……ツマンねぇヤツだなぁ」

「これ以上何か言っても言い包めにくるだけだろアンタ」

「おーおー。可愛くないですコト」


震えそうなのを押し込めたらやけに神妙な声が出た。それを普段のように茶化してくる教師を酷いと詰りたくもなるが、安心して嫌みを返せた事に感謝も感じる。
態とらしく大袈裟に肩を竦めて嘆息してみせる教師から目を逸らした。可愛いなんて思われたくもない、と憎まれ口を叩いて足元に落ちていた鞄を拾う。パンッと埃を叩いて、帰る、と言い掛けた俺に、机へ肘をついた教師は気怠げな問いをぶつけてきた。


「そんで?」

「は?」

「なんか用あってきたんじゃねぇのかよ」

「……あー」


用は、あった。この部屋に誰もいないなら、という条件付きで。どうせ忘れるものだと託つけて、最後に想いを捨てるくらいのつもりで準備した物をこの机に置いて逃げる予定だった。それが失敗した今用という用は無い。


「……別に、何にも。式まで来るつもり無いから顔見に来ただけ」

「……ほー。そーかよっ、と」

「え?なっい、てっ……!?」


机から何か持ち上げたと思ったらそれで頭を叩かれる。痛みに文句を言いつつ目の前に突き出された物を受け取ればプリントの束だった。


「……何。まさか宿題?」

「そー。宿題。卒業したらそれ持って俺んとここいや」

「は?卒業したら?直ぐじゃいかんの?つか、なんでこんなのしなきゃなんないの?もう授業もねぇし、それにまさか。これ俺だけ?」

「そーそ。よーく悩んで答え出して卒業式の後に提出な」


手書きで俺の名前が書かれている表紙を見詰め渋い顔をしつつ文句を捲し立てるがケロリと返される。要らないと突き返そうとしたが、俺からのバレンタインプレゼント、なんて嫌味もいいところな台詞を言われムカつきでクシャッと軽く握り潰す。
苛つきながらもそれで本当に最後だろうし、卒業後顔を見て去る口実にはなるかと納得させて片手に持ったまま扉へ歩く。
さようなら、と色んな気持ちを込めた言葉は、こちらを見ず振る掌だけで返された。





「……でも、やっぱ会うの嫌だな」


靴を履き外に出たところで手に握りっぱなしのプリントを睨み呟く。卒業式の後になんて泣いてしまうかもと思うと会いたくない。別れ際までいつも通りで、ろくに恋人らしい言葉一つくれなかった、そんな相手に。
最後の最後まで振り回されてたまるか、と投げ捨てようとしたら。プリントの隙間からチャリン、と何かが落ちる音。何だと視線を落とせば光に鈍く輝く銀色の鍵。
は?と口を開けて固まっていると上で窓の開く音。見上げればあの教師がいやにニヤついた顔で見下ろしていた。


「俺は忘れさせる気ねぇからなー」


ヒラッと上げられた手には、すごく見覚えのあるシンプルな包装箱。バッと持ち物を確認してみれば鞄に隠していた筈の物が無い。


「……っバーカ!!」


鍵を拾い上げダッシュで逃げ去る。ひしゃげたプリントに書かれているのは問題ではなく手書きの長い手紙。ついでにどこかの住所。鍵が開ける扉が何かは言わずもがな。宿題はそれをどうするか考えろ、という事らしい。
別れるんじゃねぇのかよ、意味わかんねぇ。とぶちぶち言いつつ、結局忘れるのなかんか無理で、卒業式のその日までそれだけで頭を占領された。





忘れじの


離れがたい相手









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