3

ブサッと今まで使っていた筆記用具をペン立てへ突き刺し目頭を揉む。窓の外はもう夕日色に染まっていた。のし掛かる倦怠感を振り払うよう肩を動かしながら、グルリと風紀室を見回す。


無くなったと思っていた歓迎会が行われるという事で最近風紀は朝から夕まで忙しい。なんでする事になったのかは分からないが委員長がなんか企んでいる顔をしていたから考えがあるのだろう。それが何なのか訊ねる勇気は、無い。
そういう事で、今までの業務に準備が積み重なり、終わらなかった書類をこっそり持ち帰る事もある。つまり、風紀のメンバーは今誰も物凄く疲れている。冗談抜きで半端なく眠い。
見回り帰りの先輩がちょっとだけ、と言ってソファーに寝そべってからピクリとも動かないし、斜め前で報告書を纏めていた同級生は書いている途中で落ちた。最早それを咎める人もいない、というか咎める体力も気力も無い。正に死屍累々。上二人がいないというのもあって風紀室の皆は思い思いにへたばっていた。


俺も仕事で疲れたし、昨日つい遅くまで新作のゲームをやっていたせいでマジ眠い。今日の仕事をなんとかやり終えた達成感もプラスで今にも死にそうだ。
欠伸を噛み殺していると電話番を終えた吉里が横の席に着いた。お疲れ、と言い合い机に突っ伏す。今日やる分は俺も吉里ももう無い。後は時間まで待機か誰かを手伝うか。……取り敢えず差し迫った様子の奴はいないし、もう体力限界だから待機の方を選択、という事に。しかし吉里は俺よりヘトヘトな様子なのに鞄から課題を取り出していた。


「……今は委員長達いないし、ちょっとくらい寝れば…?」

「こういう所ではあんまり休めないんですよ……」

「あー……」


曰く、寝付きは良いから直ぐ寝れるのだけど、周囲の気配や雰囲気がモロに夢に反映してしまうんだとか。その為今はだらけているけど一応仕事場なここじゃたぶん夢でも働いていしまって逆に疲れる、という事らしい。
それは難儀だな、と殆ど目を瞑った状態で返すと苦笑しながら気にせず寝るよう言われた。起きている奴の隣で寝るのは申し訳無いがこれ以上起きているのはもう無理。今日もまたゲームしたいし。


紙擦れや足音。囁き声。誰かの寝言。それらを肌に感じながら疲労した頭は直ぐ様眠りに落ちていった。











「あ」

「……、……どー、した、」

「あ。……煮物用の椎茸を水に戻し忘れていたな、と」


ふと意識が浮上して身動ぐと起こしてすみません、と吉里の声が聞こえた。それにんー、と呻いて返し、グラグラと思考ごと揺れる頭を押さえる。時計を確認すればそう時間は経っていない。帰宅出来るまでまだ少しある事に眉を顰めながらもう一度腕に顔を押し付けた。

しかしえらい所帯染みた話だな。うつらうつらと揺らぐ思考の中、ふと以前聞いた事を思い出す。そこから生まれた疑問を判然としない頭のまま全部ぶつけてみる事にした。


「ん。なぁ。……なんか……夜、誰かに会ってる、って、言ってたよ……な」

「はい」

「今日……も?」

「えっと……、はい」

「へー……?……ひょっとして、その人って、実は、彼氏的な……?」

「はい?……なんでそうなるんですか」


違いますよ、と吉里は吹き出す。なんだ違うのか。まぁもしそうなら副委員長絶対確実に五月蝿いな。違って良かった。
心中で軽く副委員長に悪態を吐きながら揺らぐ重い頭をまた腕の上へ戻す。まだ眠い。
あぁ、でもこんな激務の後にもその人のとこ行ってんのか。態々手料理作って。……先輩とか言っていたけど、まさかパシられていたりしないよな。


「なんか脅されたり……嫌な事されたりとか、してないよなー」

「しませんよ」


あはは、と軽く笑われちょっと安心する。こいつにそんな事起こる訳ないか。そうか、と浅く息を吐いてまた寝入ろうと組んだ腕に額を乗せる。薄く開いていた瞼を閉じた途端落ちるように眠りに片足を突っ込んだ。


「先輩のされる事に嫌な事なんてありませんし」

「……ファッ!?」

「へぇっ!?」


殆ど意識が眠りに入っていた状態から一気に浮上し跳ね起きる。顔を引きつらせ胸を押さえた吉里がどうしたのかと聞いてくるのに対し、つっかえながら恐る恐る過った考えへの答えを求めた。


「え、や、の、……。そ、それってどういう意味……」

「は?どういう、というと…?え?優しい人ですよって話、です、よね?」

「……あ。あー……、だ、だよなー!あ、はは」


乾いた笑いを立てながら浮いた腰を椅子に落ち着ける。俺の不審な様子に他の奴等が何事かと視線を向けていたが直ぐに自分の仕事や休息に戻っていった。それに胸を撫で下ろしながら眠りの際に聞こえた台詞から湧いた発想を思い出し、頭を抱える。


吉里がその人は優しいから嫌がらせなんてしない、という意味で言った台詞が、『先輩になら、何されてもいいんですっ』みたいな言葉に一瞬変換された……のだ。
……ギャルゲーハーレムアニメその他色々見過ぎだ俺。いや、どちらかと言うと副委員長に毒されているのかこの思考。いっつも散々吉里は受けだの何だの言ってくるから……!
って責任転換しても考えたのは俺で。なんにせよ変な事考えてごめん、吉里。

罪悪感に唸りながら謝ると、意味が分からないとばかりに困惑された。謝罪の理由を説明出来る訳もなく。
泳ぐ視線が時計を捉え、そろそろ終わりの時間だと気付き帰宅を促す。慌てて帰り支度を始める吉里にどうにか誤魔化せたとほっと息を吐いた。


安堵から戻ってきた睡魔に眠い目を擦りながら寮へと戻る。風紀枠な俺と特待枠な吉里は階が違う為いつも通りエレベーター内で別れを告げた。別れを告げて降りる吉里は、疲れている筈なのに明るい表情をしている。いそいそと去る背中が扉で遮られるまで見送ってからうーん、と首を傾げた。
いくら仲良くてもそんな毎日疲れているのに会いに行けるものだろうか。


「……ま、いっか」


やっぱり、よく分からない奴だ、と一人完結して大きく欠伸をする。滲む視界で帰ったらまず自分の好きなキャラクターの顔を見て癒されようと考えながらエレベーターの到着音を聞いた。





相方について









五万記念
top




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -