それぞれの想い

晩飯も済ませて、部屋に帰って。風呂や課題もしてしまってぼんやりしていた夜。手元で鳴り響いたケータイを見れば表示に浮かぶのは久し振りに見る名前で。何と無く何を言われるか予想しながら出てみれば本当にそっくりそのままな台詞が出てきて思わず笑ってしまった。


『もう、心配しよるとに何ば笑いよっとね。……それで、ちゃんともう治ったと?』
(『もう、心配してるのに何笑ってるの。……それで、ちゃんともう治ったの?』)

「治った治った」


怒りつつ不安そうな妹の声に信用無いな、と苦笑しつつ答える。風邪で寝込んだというのを親から聞いて直ぐにでも電話をしようとしたが忙しくてできず、ずっとやきもきしていたという。
更に念を押して心配する問いに何度目かの大丈夫を伝えると、妹は漸く安心した溜め息を吐く。それに肩の力を抜くと、でも、と沈んだ声が耳に届いた。


『熱ん出たんなら一人で大変だったろ?』
(『熱が出たのなら一人で大変だったでしょう?』)

「……うぅん。世話、してくれらした人おったけん」
(「……うぅん。世話、してくれた人いたから」)

『お世話……ひょっとしてあの先輩?』

「……うん」

『そぎゃんと?良かったぁ。でも、お世話してもらったって……ふふ、本当に仲よかつね』
(『そうなの?良かったぁ。でも、お世話してもらったって……ふふ、本当に仲良いのね』)


仲良い……の、かな。
明るい話し声に同意を返さねばいけないが、開いた口は空気だけを吸って終わる。ザワリと胸の中何かが動く感触についさっき、部屋を訪ねていた時の事を思い出して細く息を吐いた。


『兄ちゃん?』

「ぅ、あ、ごめん、何?」

『……どぎゃんかしたと?』
(『……どうかしたの?』)

「なんでん、なかよ?」
(「なんでも、ないよ?」)


口許に無理矢理浮かべた笑みは我ながら不恰好な気がするが、どうせ向こうにも分かりはしない。それでも微妙な空気になったのは伝わったようで不審そうな声を出す妹に焦る。また心配の質問に逆戻りされる前に話題を変えようと慌てて名前を呼んだ。


「えっと、優奈はどぎゃんと?」
(「えっと、優奈はどうなの?」)

『え?』

「元気、あんまなかごたっけど。何かあったっじゃなか?」
(「元気、あんまりないみたいだけど。何かあったんじゃないの?」)


強引な切り出しだったが実際合っていたらしい。口籠った妹にちょっとほっとするが、これはこれで困った。何があったんだろう。
何もないと言う妹へ俺が問い掛けるというさっきと逆転した立場になりながら、極力優しく聞こえるよう返事を促すと唸るような恨み言が溢された。


『お電話は兄ちゃんが心配だったけんしたとに、これじゃ相談する為にしたみたいになるじゃなかね……』
(『お電話は兄ちゃんが心配だったからしたのに、これじゃ相談する為にしたみたいになるじゃないのよ……』)

「……う、うん。ただ俺が気になっただけだけんね。気にせんで。それで、なんがあったと?」
(「……う、うん。ただ俺が気になっただけだからね。気にしないで。それで、何があったの?」)


本気で悩むような声色に吹き出し掛けた唇を一度噛んで耐え話し掛ける。笑って、拗ねられては敵わないと穏やかな口調を心掛けて問えば困ったような、弱ったような声が小さく聞こえてきた。


『……ちょっと、ね。ちょっとだけ。明日香ちゃんとね。変な感じなの』

「変?……喧嘩でんしたと?」
(「変?……喧嘩でもしたの?」)

『ん……よく、分からん。してないと思うし、避けられてはないんだけど。何と無く、よそよそしい、気がすると』
(『ん……よく、分かんない。してないと思うし、避けられてはないんだけど。何と無く、よそよそしい、気がするの』)


妹の、絞り出すような声にギクリと心臓が動く。言葉を失っている俺に対し、妹の方は段々と勢い付いてきたのか早口で思いを吐き出した。


『嫌われてはなかと思うと。一番仲良かと。ばってん、話しとってもたまに変な顔されたり上の空の時あったり……う、私なんかしたとかなって……思っても聞くの、怖くて』
(『嫌われてはないと思うの。一番仲良いの。けど、話しててもたまに変な顔されたり上の空の時あったり……う、私何かしたのかなって……思っても聞くの、怖くて』)

「……うん」

『すぐいつも通りになるかなて思っとったけど全然で……。寂しかけん、元んごつまた仲良くなりたかな』
(『すぐいつも通りになるかなって思ってたけど全然で……。寂しいから、元みたいにまた仲良くなりたいな』)

「……そうだね」


本当に、と。最後の呟きは溜め息に混ぜて。
つい声が沈んでしまったが単に同調しただけと思われたようで聞いてくれてありがとう、と囁かれた。


『……ごめんね。病み上がりとにこんな意味分からん話』
(『……ごめんね。病み上がりなのにこんな意味分かんない話』)

「良かよ。よく分からんばってん……また電話しなっせ。話どま聞くるけん」
(「良いよ。よく分かんないけど……また電話しな。話くらい聞けるから」)

『……良かと?』
(『……良いの?』)

「気になるけん、ね」
(「気になるから、ね」)

『……ありがとう』


落ち着いた声色で、もうちょっと色々話してみる、と言って切られた電話を見詰めて深く溜め息を吐く。俺と違って妹は平和な学園生活を送っているんだろうとちょっと羨ましく思っていた。けれどあちらもあちらで大変なんだな。しかも、俺と殆ど似たような状況だなんて。
ふらりと体の力を抜いてクッションの上に倒れ込む。妹を通して自分の状況を思い出して気分が塞ぐ。

あの日。好きだと言った後微妙な感じになってしまったのだけど、スポーツ大会の後に元に戻ったと思った。態度とかは確かに戻ったと思う。……でも、何か変なんだよなぁ。


「どぎゃんすれば、良かっかねぇ……」
(「どうすれば、良いのかなぁ……」)


クッションに顔を埋めて独りごちる。それを考えるのは少し怖い。それでも顔を見たい、会いたい、頭を撫でられたいなぁ、と思いながら目を閉じた。



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