(逆トリップ設定です)




「ナマエさん」

荒れた指先が、頬を優しく撫でてゆく。鋭い眼光は、私をとらえて離さない。脚と脚を絡め、身体がぴたりと合わさる。一寸の隙間も許さないとでも言うように。
そっと、舳丸さんの唇が私の唇と合わさる。舌を挿しこまれ、ゆっくりゆっくり口内を蹂躙される。長く深い口付けに息が苦しくなり、くぐもった声を漏らすと漸く彼の唇は離れた。至近距離で見つめる彼の瞳は熱を帯びていて、それがどうしようもないほど愛しく思える。



2ヶ月ほど前のことだ。私のつまらない日常の中に突然舳丸さんが現れたのは。
仕事を終えて一人暮らしのアパートの一室へ帰宅すると、ドアを開けたその先に意識のない大の男が倒れていた。不法侵入、犯罪、警察に、と混乱する頭でぐるぐる考えているうちにその人は目を覚ましてしまい、恐る恐る事情を聞いてみてもどうも話が噛み合わず。彼の話す内容や服装から、どうやら彼はずっと昔の時代からタイムスリップしてきてしまったらしい、と結論づける他なかった。帰り方がわからない、と困り果てるその人…舳丸さんをどうにも放っておけず、私たちはこの狭いアパートの部屋で奇妙な同居生活を始めた。
初めは適度に距離を保った同居人同士であった私たちの関係にも、いつしか変化が生じていった。舳丸さんと打ち解けていくほど、彼はだんだんと私の手や頬に触れてくるようになった。そうして、ある日突然抱きすくめられキスをされ、そのまま二人でベッドへとなだれ込んだ。私は抵抗せず、寧ろ喜んで彼を受け入れた。



「ナマエさん…こっちを見てください」

これまでの事を思い返してぼうっとしていたからだろうか。私の頬を両手で包み込んだ舳丸さんが、顔を覗き込むように見つめてくる。

「私だけを、見てください」

その言葉に微笑みながら小さく頷くと、舳丸さんは顔を綻ばせた。

胸の頂を吸われ、脚の間の茂みを探るように撫でられる。潤みを帯び始めたそこへつぷり、と彼の指が差し込まれ、ゆっくりと奥深くへ。弱いところをじわじわと摩るように刺激され、だんだんと荒くなる私の呼吸音が狭い寝室に響いた。

舳丸さんとの行為は、激しさや性急さといったものとは無縁だ。ゆっくりじわじわと、事は進んでゆく。言い方を変えるなら、ねちっこい。まるで一つ一つをしっかり確認するかのように私の身体を愛撫し、その低く落ち着いた声で私の耳元へ囁き、私の反応を見逃さないとでもいうようにじっとこちらを見つめるのだ。

「っ…あ、んっ………はぁ…っ」

いつの間にか私の脚の間に移動した舳丸さんが、中をゆるゆると刺激しながらその上の蕾を口に含んだ。初めはちゅっちゅと啄ばむように、それから舌で転がしたり吸い上げたり。

「あっ、あ……みよ、っ……も、いく……っ!」

内と外から絶え間なく刺激され、頭が真っ白になる。身体はビクビクと痙攣し、中が収縮して彼の指を締め付ける。そんな私の様子を見届けた舳丸さんは、とても嬉しそうに微笑んだ。

彼は今夜もまた、私の身も心もすべて、どろどろに溶かしてしまうのだろう。

「んんっ……あっ…」
「っ、は……」

熱く膨張したものが、ゆっくりと中へ入ってくる。その間も舳丸さんは、私を見つめ続ける。根元まで全て収まりきると、彼はそのまま動かず私の身体をしっかりと抱きしめた。視界が、赤い髪の色に染まる。合わさった胸からドクドクと、少し早い舳丸さんの心音が伝わり、まるでそれが自分のものかのような錯覚を覚える。
しばらくそうした後、腕の力を緩めた舳丸さんは上体を浮かせ、ゆっくりと、しかし深く、抽挿を始めた。最奥に彼のものがぐりぐりと押し付けられ、甘い痺れが全身を駆け抜ける。徐々に鈍っていく思考。仕事のこととか将来のこととか、彼以外の全てがどうでもよくなっていく。目の前の舳丸さんしか、見えなくなっていく。

快感に震える手を伸ばし、頬の傷跡をそっとなぞる。少し擽ったそうにした舳丸さんは、私の手に頬を摺り寄せた。そのまま手のひらに唇を落とし、手首、肘の内側、二の腕と下がっていき、首筋に強く吸い付く。そのチリッとした痛みさえ、快感に変わってゆく。首筋から顔を離すと、熱を帯びた瞳で私をじっと見つめ、それから再びの口付け。私の呼吸さえ奪ってしまいそうなほど深いそれと同時に、舳丸さんは大きく腰を動かした。ゆっくりと絶え間なく続く抽挿。徐々に混濁していく意識。唇が離れ、舳丸さんは至近距離で私を見つめた。
激しさなんて一切ない。それなのに、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。

「あっ、あ…い、く……あぁ…っ!!」
「っ、く…!」

再び真っ白になる頭。痙攣する身体。収縮する膣内。直後、眉根を寄せた舳丸さんが苦しげに声を漏らし、自身を抜き去る。腹部に温かいものがかかる感覚。全てを絞り出し、舳丸さんは私の隣にどさりと倒れ込んだ。

ベッドサイドのティッシュを手に取り、私のお腹を手早く綺麗にすると、舳丸さんは私の身体を自分の方へ向かせ、その逞しい両腕でぎゅっと私を抱きしめた。火照って汗ばんだ彼の身体は間違いなく大人の男性のものなのに、私の首元に甘えるように顔を埋めるその仕草はなんだか子どものようにも思える。愛おしい気持ちが溢れ、赤い髪をそっと撫でると、舳丸さんが小さなため息を漏らすのを感じた。

「ナマエさん……私、は」
「うん?」

呟くような小さな声。ちゃんと聞きたくて少し身体を離そうとするも、彼の腕の力は緩まずその顔も上げてはくれなかった。

「もし帰れるとしても…………」

続いた言葉は、くぐもってよく聞こえない。

「帰れるとしても、なぁに?」
「…なんでも、ありません」

そうして舳丸さんは、抱きしめる腕の力を強めた。苦しくて、でも離してほしくなくて。このまま二人でいられたらどれだけ幸せだろうかと、ぼーっとした頭で考えた。






爪痕を残せば残すほど、帰れなくなっていく。そんな気がする。それなのに、幾度も幾度もナマエさんを求めてしまう。ナマエさんと触れ合い肌を合わせるその行為が、ぬるま湯のような温もりが、どうしようもなく心地よくて。ここにいる、生きていると感じたくて。来る日も来る日も、まるで中毒のように、その温もりに手を伸ばしてしまう。

「もし帰れるとしても、私一人では帰れません」

口の中に小さく溢れたその言葉。もし彼女の耳に届いていたとしたら、果たしてどんな反応をしただろう。拒絶か、それとも……。

暖かな彼女をどこにも逃さないよう、その華奢な身体を抱きしめる力を強めた。



inspired by Flight from the city


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