「んなコトしてると海に落ちるよい」

船の手すりに腰掛け両足をぷらぷらさせながら海を眺めていた私は、背後から突然声をかけられ弾かれたように振り返った。
そこにいたのは、今まで話すどころか近づいたことすらなかった人。

「マルコ隊長!」

慌てて居住まいを正そうと手すりから降りると、マルコ隊長は苦笑しながら自ら私の隣へ寄ってきた。

「お前さん、あれだろい。突然降って湧いてきたっていう」
「…降ってはきましたけど湧いてはいません」

ボソッとツッコミを入れると、マルコ隊長は笑いながらそうかよい、と言った。

今から三ヶ月ほど前、平凡な日本人だったはずの私は、突然この不思議な世界へとやってきた。理由はわからない。
普段どおり夜眠って朝起きたら空中を真っ逆さまに急降下しており、偶然すぐ近くを航海中だった白ひげ海賊団に拾われ、流れで白ひげの娘となったのだ。
イゾウ隊長率いる16番隊に配置された私は、他の隊員たちに戦闘の訓練をつけてもらいながら、日々の仕事(主に雑用)をこなしている。

そんな下っ端の下っ端もいいとこな私に、まさか1番隊のマルコ隊長が話しかけてくるなんて。なんだか緊張してうまくしゃべれそうにない。

「お前さんは、いいのかよい」
「はい?」
「島。降りねェのか?」

親指でクイッと陸の方を指差しながら首をかしげるマルコ隊長。
現在モビーディック号はとある島の港に停泊中で、多くの船員が船を降りて久々の陸地を満喫中だ。

「うーん、まぁ……。そういうマルコ隊長こそ、こんなところで何してらっしゃるんです」
「俺か?俺ァ…気持ちのいい歌声が聞こえてな」

つい気になって来ちまったよい。
そう言って、マルコ隊長は優しい笑みを浮かべた。
隊長に声をかけられるまで、私はひとり、海を眺めながら小さな声で歌っていた。誰かに聞かれているとも知らずに。

「はぁ〜もっかい聞きてぇなァ〜」
「………」
「これは隊長命令だよい」
「な、なんて都合のいい隊長命令……」

子供じみたことを言うマルコ隊長に呆れつつ、観念して歌の続きをうたう。

この世界に来てから、毎日のように考えていた。どうしてこんな目に、と。不安と恐怖で眠れない夜もしばらく続いた。それでも今では、少しずつここの生活に慣れ始めていて。そして少しずつ、元の暮らしを忘れていくような気がして。
そんな不安に襲われたとき、私は歌をうたう。元の世界で好きだった歌を。

「変な歌詞だなァ」
「そうですね」
「でも、いい曲だな」
「そうですね」
「…歌うめェのな、ナマエ」
「ご存知だったんですか、私の名前」
「まぁな」

ニヤリと笑ったマルコ隊長が、なんだか眩しくて。
なぜか、胸がドキドキして。
不意に、あぁ私、このままこの世界にいるのも悪くないのかもと、ちょっとだけ思えた。



inspired by 私以外私じゃないの


prev next