※転生





明日は奈落だ。この世には闇が存在する。光を見つめて目を細めていれば、見えない背中の足元にいつだって存在している。
背筋を凍らせながら暗い方へ引きずりこもうとしている。
明日には奈落だ。あり得ないことが起こり得る世界になる。
腹を括る勇気のない人間にこそ忍び寄る。
引きずりこまれたあとにどうなるか。わからないからこそ足も竦む。
ぼんやりと、苦しいのだろう、もしかしたら痛いのかもしれないと思うだけだ。
ここへきてようやくぬるま湯のありがたさを知る。ああ、生ぬるいところに長く浸かっていたのだ。
「桜の季節だ。大鳥さん」
「君にこそ相応しい花だよ。土方くん」
「全部思い出したぜ、俺は」
「長くかかったね。ずっと待っていたんだ。今世でも報われない君を」
桜の花弁が微笑みをちらつかせる。欲しかったあの人はまた同じ人と結ばれた。俺を取り合っていたあいつらはあいつら同士でくっついちまった。俺は、まるで取り残されたように見えた。
俺は、何度も何度も差し伸べられては振り払っていた手をとった。弱さだ。縋り付いた。
「あの時は、あんただけは、光の元にいて欲しかった」
「僕はずっと君に引きずりこんでほしいと思ってたよ」
「一緒にきてくれるんだ?」
「もちろん。ずっと変わらない」
「俺はもう、あの時とは違う。弱い人間だ」
「そうかい?僕には、あの頃だって君が強い人間には見えていなかった」
俺の手を握る指に力がこもる。俺を支えるように。あんたの優しさ。
「大鳥さん。俺が最後に思い出したのは、近藤さんでも、隊士でもない。あんただった」
「とても信じられないよ」
「雪の中でさ、あんたが、これからもずっと光にいられるように願った」
「土方くん…」
「はは、泣くなよ」
驚いたように開いた目からぽろぽろと花弁が落ちる。透き通った、綺麗な花弁。頬を伝って顎から舞い落ちる。
「何度生きても情けない男だね。僕は」
「本当だ。あんた、前も泣き虫だった」
ふふ、と思わず笑みが零れる。大鳥さんは耐えきれないと俯いて肩を震わせる。
大鳥さんはゆっくりと腕を伸ばして、自分より大きな背丈の俺を強く抱き込んだ。
「愛していた。本当に。君が死んだ時、大泣きしたよ。泣きたくなかった。でも、僕は泣き虫だから、前の人生で一番泣いた。きっと、産まれた時より激しく泣いたさ。苦しくなるくらい愛していた。今も、愛してる」
「大鳥さん」
「君が大事なものを諦めれば諦めるほど、僕に近くなる。悲しいところに僕はいた。結局、君はまた僕のところまで来てしまったんだね。あの時と同じように」
「望んで来た。あんたと出会うために、二度目の人生を手にいれたのさ」
大鳥さんの背に手を回す。香りがあの頃とは少し変わったような気がした。前世では何度こうやって抱き合うことができていただろう。
「嘘さ。君は僕にたくさん嘘をついてきたから、今度も嘘だよ」
大嘘を。死なないと約束をした。約束をかわす瞬間から、俺は嘘をついていた。
それでも、この人の腕の中で、俺は確かにこの為にもう一度産まれてきたのだと間違いなく思っている。今、帰るべきところに帰ってきたのだ。
「信じられない、信じられない」
「怖いか?」
「もう二度と失いたくないんだ。死なないで、なんて約束はしないでおこう」
「してもいい。今度は、本当だ」
「ああ、土方くん。僕は、この幸せが信じられない。こんなに嬉しいことがあってたまるかい」
「信じてくれよ。俺は今度こそあんたのために産まれてきたんだ」
「困ったな…幸せすぎて僕が早死にしそうだ」
「はは、許さねえよ。百まで生きろ。どんな手を使ってでも冥土の手前で通せんぼするぜ」
「そうしてくれ。今にも昇天しそうだからね」
ようやく、大鳥さんも幸せな笑い声をもらす。
瞳は揺れる水面。愛してる、愛してる、何度囁いても気持ちの大きさに届かない。
振り返った先は闇だろうか。光と手を繋いで降りた地下は暗いままだろうか。
過ぎたものしか見えない世界だって、あんたが見えるなら上出来だ。二人で生きて行こう。二人で落ちて行こう。



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