煌々と辺り一帯を照らす光は、見る間に広がり容赦なく熱風を叩きつけてくる。
遠くでセキュリティのものらしいサイレンの音が響いた。ぐらり、燃え盛る炎に煽られて崩れる柱に気圧されて尻餅をついた私は、それでもどこか諦めたような感情を抱えて、かつては家だったものを仰ぎ見る。
自分の手にあるものは少しばかりのお金と、そしてとっさに持ち出した自分のデッキのみ。
旅立つには心もとなさすぎるそれらを腕に抱えながら、ただ目の前の光の強さに動くことも忘れ見入っていた。

私の心にあったのは一つ。
ああ、これから、生きていくのは面倒になりそうだなあ…。
そんな、当然といえば当然の思考だった。



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ジャックとの激しいデュエルを終え、雑賀の隠れ家へと身を寄せた遊星。氷室や矢薙は用事があるらしく、龍可と龍亞のことは任せろと言って家を出ていった。
目の端で時間が深夜であることを確認して、遊星は長時間向かっていたパソコンからようやく目を離す。凝り固まった肩は鈍痛を訴えていた。

ふう、と息をつき窓の外に広がる闇を見上げる。雲で月は隠れてしまっていた。
病院に搬送されたジャックはどうなっただろうかと、空を見上げながら思う。
いつもと変わりない夜なのに、なぜか心がざわついたように感じられて、遊星は軽く肩をほぐしながら窓に近寄った。

瞬間。

「くっ…!?」

疼く右腕に顔をしかめ、目を開くと暗い部屋の中で煌々とシグナーの証である刻印は赤い光を放っていた。

「だが、これは…」

いつもとは違う痛みに戸惑う遊星が再度窓に目を向けるとそこには、夜の闇に紛れるようにしてマントの男が立っていた。
そして、男の腕には鈍く光る紫色の痣。

「あれは…!」

シグナーが現れたのかと、勢いよく走りだそうとする遊星はしかし一つの疑問を胸に抱く。
あの紫色の、毒々しい痣が果たして本当にシグナーのものなのだろうか。
自分たちの痣は赤い。赤き龍を象った刻印なのだから当然と言えば当然だ。
ならば、あの紫は?

「…っ!?待ってくれ!」

その逡巡を嘲笑うかのように男はマントを翻すと、路地の奥へと走り出す。
遊星は考えることを放棄し、慌てて男の後を追いかけた。
話を聞こう、まずはそれからだ。
そうして男の入っていった先は、今は使われていないらしい建物の一つだった。

外から見えたマントになぜ逃げると言葉を投げかけて、自分もその後を追う。かつては駐車場だったのだろう、その建物を上るとようやくマントの男は立ち止った。

「お前は何者だ!」
『フ…』

遊星の言葉に含み笑いを漏らすと、男は一歩遊星の方へと歩み寄る。

「…知っているのか?サテライトに何が起きるのか」
『…闇のデュエルに聞け』

闇がすべてを知っている。
そう言うと、男は自分のデュエルディスクを起動する。今はこれ以上話すことはない、そう言わんばかりの態度に、遊星も同じくデュエルディスクを起動した。

「…いいだろう。全てを聞き出してやる」

『「デュエル!」』

二人の声が重なったと同時に辺りを紫色の炎が包み込む。目を見開く遊星に、男は愉快そうに口を開いた。

『我らは闇の祭壇に捧げられし生け贄…この中ではデュエルのダメージが現実のものとなるのだ』
「なに!?」

デュエルのダメージが現実のものとなる。つまり、サイコデュエルと同じようなものだ。
負ければもちろん、ただでは済まされないだろう…それは相手も同じこと。

「お前…」
『私のターン!ブリザードリザードを守備表示で召喚!』

デュエルを開始する相手に遊星も覚悟を決める。
――何としてでも勝って、あいつから話を聞き出してやる。
そうして相手の出方を見、自分のターンに入る頃には、遊星はいつもの調子を取り戻しはじめていた。


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「ジャンクアタックの効果発動!これで…終わりだ!」
『うあぁっ!!』

ソリッドビジョンではない本物の一撃を受け、ダークシグナーの証を光らせた男は全身に傷を負いながらその身を吹き飛ばし、辺りで燃え上がるデュエルゾーンに思い切り身体をぶつけて床に転がる。その手からは手札が散らばり落ちた。

「おい、起きろ!」

走り寄り口調を荒げる遊星に、相手は体を起こさないまま不敵に笑い声をあげる。

『フフフ…これは単なる余興に過ぎない。肩慣らしもここまでだ。不動遊星…お前たちシグナーと我々ダークシグナー、生き残るのはどちらだろうな…』
「なんだと?」

そう言い終えると、返事を待たないままに今度こそ全身から力が抜ける。デッキからも謎の瘴気が抜け、あったはずのデュエルディスクは塵となって消え失せる。辺りにはデッキと手札だけが散らばっていた。

「何だったんだ、今のは…」
「うっ、ぐ…」
「!」

痛みに呻き体を動かそうとする相手に、遊星は負担にならないように手を貸し起こす。フードが脱げ現れた顔は、まるで痛みが理解できないというふうにしかめられていた。

「いっ……た…」
「お前は…」

先ほどまであったはずの威圧感も、目の前の人物からは感じられない。上体を起こし、頭を押さえて状況を把握しようとしている姿に、遊星ははあっと詰めていた息を吐き出した。

一体、今のデュエルは何だったのだろうか。
ダークチューナーにダークチューニング、そして闇のデュエルにダークシグナー…。
モンスター一体のレベルからダークチューナーのレベルを引き、そのマイナスレベルと同じレベルのモンスターをシンクロ召喚するダークシンクロの存在。
一体、サテライトには何が起こるというのだろうか。

「…ここは……」

ようやく痛みが落ち着いたらしい相手は、辺りを見渡して顔をしかめる。やはり先ほどの記憶はないのか。
ここがシティの一角であることを告げると、相手は理解したのかしていないのか、ふっと窓から見える夜空を見上げた。

「大丈夫か?」

大丈夫、そう言って頷く相手は、しかし遊星が見守っている間も立ち上がる様子はなかった。ただぼーっと夜空を見上げ、何かを思案しているようにも、あるいは何も考えていないようにも見える。

「おい、これは…お前のデッキじゃないのか」
「あぁ…その、ありがとう。そうです」

遊星が散らばっていたカードをまとめて渡すのを受け取ると、やはり動かずにその場に座り続けている。あまりに落ち着いている様子が気になって、気が付けば遊星はその人間に話しかけていた。

「帰らないのか?」
「え?あ…まあその」

遊星の問いかけに申し訳なさそうな苦笑を浮かべ、歯切れの悪い言葉を並べ立てる。続きを促す遊星に逃げられないと悟ったのか、何でもないことだ、と言いながら帰る場所がないことを口にした。

「住む家がないのか」
「あー…まあ、そんなところ…です」

だからとりあえず今日は体も痛いし、ここなら人も来なさそうなのでここで過ごそうかと思う。
そう告げる目の前の人物に、遊星は無表情のまましばし沈黙を作る。そうして、やはり気を使わせたかとシェイドがごまかそうとした瞬間。

「名前を聞いてもいいか」
「え?あ…ええと、シェイドです」
「そうか。シェイド、家がないのなら俺たちのところにくるか?」

遊星の申し出に暗い中目を見開くシェイド。
人一人を拾うのにどれだけの支出がかかるかわかって言ってるのだろうかとか、その恩を返しきれるのかとか、どうしてそこまで出会っただけの人間にしてくれるのかといった疑問をぶつけようとしたシェイドは遊星の目を見て思わずその言葉を喉元で留める。
その目は真剣そのものだった。
ああ、この人は本当にそれが自分のできる最善だと。
そう信じて疑ってはいないのだ。
気が付けば、シェイドは首を縦に振り、遊星の差し出す手を握ってしまっていた。
軋む体に心がシンクロする。
自分はまた迷惑をかけてしまうのだと。


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「しばらくここで待っていてくれ、傷の手当てをする」
「あ、はい…ありがとう」

パタリと閉じるドアの音がやけに大きく部屋に響いた。部屋、というよりはガレージと表現した方がいいかもしれない。無機質な灰色の壁に覆われたそこに並ぶ作業道具を見ながら、シェイドは手持ち無沙汰に家主の帰還を待った。
どうして、彼は自分のことを拾ったのだろう。いや、実際のところ半分くらいはわかる。
誰だって、目の前で傷付き行く当てもないのだと夜の闇に佇む人間がいれば、何とかしてやりたいと思うだろう。
だから、この場合の疑問は理由ではなく、ただ迷惑をかけていないかという不安。それだけに尽きるのだった。
それも疑問ではない、ほぼ確信に近い。人一人を抱え込むのだ、食費にしても精神的な話にしても簡単ではないだろう。それを理解した上で連れてきてくれたのか、自分という存在を目の前にして無碍にすることができなかったのか。

どちらにせよ、余計な負担をかけてしまっていることに変わりはない。できれば早く出て行こう…そう思う傍ら、もし本当に彼が構わないと思ってくれているなら、その優しさに寄りかかってしまいたいという欲望が頭を擡げてきていることを、シェイドは正しく理解していた。

「悪い、待たせたな」
「いえ…あの、すみません」
「気にするな」

言葉通り気にした風もない遊星は、手馴れた手付きで適切な処置を施していく。幸い、死のデュエルを経験したにしては奇跡と言ってもいいほどに傷は少なかったため、シェイドの手足には数枚のガーゼが貼られるにとどまった。
消毒液が傷口にしみる痛みにシェイドが少し呻くと、遊星はそれまでの無表情を若干崩し、眉をさげて目を反らせた。

「…すまない、お前を巻き込んでしまった。一般人だったお前を」
「えっと…その、それは…全然。大丈夫です」

元々、シェイドは掛けたくて掛けたわけではないであろう迷惑に対して目くじらを立てるような人間ではない。それも、ここまで申し訳なさそうにされれば尚更だ。気にしないでほしいとつっかえながらも口にすると、遊星は少し安心したようにそうかと頷いた。
そうして、ガレージに落ちる沈黙。Dホイールの点検に使っているのであろう独特な油の匂いが鼻腔をくすぐる。シェイドは、何か言葉を探している風な遊星に珍しく自分から話しかけた。

「あの…自分はどうして、こんな」

シェイドは、その性格からか他人というものがどうも苦手だった。仲良くなったものならともかく、知らない人間と話すことはなるべくなら避ける。一番近い店で見知らぬ他人と話すくらいなら、遠くても黙って買い物のできる店を選ぶくらいだ。
そんなシェイドが、それでも自分に関係していることなら聞かないわけにはいかないだろうと紡いだ言葉の返事は、遊星のそっけない「知らない方がいい」という拒絶の言葉だった。

「お前が傷だらけだったのは、俺たちが少し巻き込んでしまったからだ。すまない」
「いや、その…、…はい。…わかりました」

彼がそう言うのならばそうなんだろう。そう自分に言い聞かせて、シェイドは口をつぐんだ。元より、拾ってもらった以上無理強いして話させることのできる立場でもない。聞いてしまったことで機嫌を損ねていなければいいと願いながら、これ以上は聞かないという意思をこめて軽く頷く。
本当は聞きたかった。少しでも自分が関わっていたのに、何も知らないのは自分だけという感覚は何とももどかしい。だが、シェイドはその不満よりも相手の意向に迎合することを選んだ。
そうしたシェイドに遊星は息を吐くと、風呂のことを切り出し掛けて言葉を止める。

「そうか…着替えがないな。それに、手当てをしたのに流すわけにもいかないか」
「ああ…」

着替えは自分のものでよければ予備の新品があるが、と何でもないことのように話し始める遊星を見て、シェイドは一抹の不安を覚える。いや、でもまさか。
しかし、もしもその違和感が本物ならばそのままにしておくわけにもいかない。何よりおそらく一番困るのは自分ではなく向こうなのだ。そう思いを固めると、シェイドは恐る恐る遊星の話に言葉を挟む。

「あの…」
「ん?どうした」
「いや、その…着替えの話で」
「ああ、服か。上下と下着も新品があるが、嫌なら明日にでも…」

遊星の返事で確信した。これは、完全に自分の性別を男だと勘違いしている態度だ。確かに上半身は謎の黒いマントで覆われているし、髪も短く適当に後ろでまとめているうえに声も少し聞いただけでは分かりづらいかもしれないが、さすがに性別を間違えられるほどに男勝りではないだろう…とつきたくなる溜息を我慢しながら、シェイドは重い口を開き言葉を紡ぐ。反応が読めてしまう、非常に言いづらい言葉を。

「その、私は」
「ん?」
「男じゃないです」

一瞬の間。
ギョッと音がしそうなほどに目を見開きシェイドを凝視する遊星から、申し訳ない気持ちと、最初の疑問に簡単に理由がついてしまった虚脱感に襲われながら目を反らす。
つまり、この男は。
自分と同性だと思ったからこそ、そこまで深く考えることなくこの家へ連れてきたのだ。
考えてみればおかしな話ではある。いくら目の前で困っていたからと言って、女性をこんな深夜に自分の家へ招く男がいるだろうか。いや、いるかもしれないがそいつは間違いなく下心を持っている。だが、遊星からはそんな雰囲気は感じられない。だからこそシェイドも気を許してしまったのだ。致命的な勘違いにも気が付けないまま。

衝撃のカミングアウトから復活したらしい遊星は、無表情を崩し動揺しているのだろうその目を床に逃がしながら言葉をひねり出す。

「す、すまない。俺はてっきり男だと…」
「あ、その、別に私は…。気にしてないので」

恐らく遊星は、性別を間違えてしまったことと、女性をこんな深夜に男である自分の家へ連れてきてしまったことの両方を気にしているのだろう。だが、シェイドにしてみればそれは些細なことだったし(もちろん、服に関しては別だが)、遊星は命の恩人でもある。こうして今自分は、あの場所にとどまっていたよりも確実に生きやすい場所に連れてきてもらったのだから、シェイドにとっては何の文句もない。そういった意味をこめて大丈夫と言うと、未だに申し訳なさそうな遊星はそれでも落ち着いたのか、これからの段取りについて話し始める。

「そうか…それなら、服は俺のものではダメだな。かと言って、その服は大分汚れてしまっている」

ふむ、と頷く遊星の次の言葉が自意識過剰でなければ読めてしまって、シェイドは慌てて言葉を挟む。

「いやあの、私はこの服のままでも」

安心して寝られる場所を提供してくれただけでも。そういいかけたシェイドの言葉は遊星の無言の首振りにより止まってしまう。

「いや。気を遣わないでくれ。どうしてもと言うなら、さっき俺がしてしまった勘違いのお詫びだとでも思ってもらえればいい」
「そんな…」

申し訳ないと、暗に訴えるシェイドに薄く笑いかけると、遊星は今日一日だけ俺の服で我慢してくれと上と下のセットだけを引っ張り出して渡す。その傷だらけの服では休む心も休まらない、と言う遊星に戸惑いながらも礼を言うと、シェイドはありがたくその服を受け取る。新品らしいその服からは、どこか遊星と同じ温もりが伝わった。

「それと、風呂だが、今日は怪我のこともあるから我慢してくれ。汗をかいたならタオルを濡らして持ってこよう」
「あ…いや、えっと大丈夫です。いろいろごめん」
「気にしなくていい」

今日何度目になるかわからない遊星の言葉にシェイドは申し訳なさとありがたさを感じながら、ふと思案にふける。こうして遠慮してしまう性格で、それでも相手の優しさに甘えてしまう性格だから、自分は他人を苦手だと感じているのかもしれないと。相手の気遣いに寄りかかってしまう弱い自分が苦手なのだろうかと。
そうしたシェイドの思案に気が付いているのかいないのか、遊星はさらに言葉を続ける。

「それと、部屋だが今使っていない部屋が一つある。二階に上がってすぐ左手にある部屋だ。ほとんど物は置かれていないから、退屈かもしれないが」
「あ、すみません…本当に気にしないでください」

シェイドの反応にも慣れたのか、軽く受け流す遊星にどうしていいか戸惑うシェイド。だけどまあ、遊星がいいと言うならいいのだろうと納得すると、もう一度申し訳なさに潰れそうになりながらもありがとうと感謝を伝える。
もう遅いから休めという言葉に素直に従い、受け取った服を手に持って立ち上がるとパサリという紙の音が耳に届く。床を見ると、デッキケースが開いたままになっていたのか、自分のカードが一枚床に落ちてしまっていた。

「落ちたぞ」
「あ、どうも」

服を抱え込み、遊星から差し出されたカードを受け取る。見ると、そのカードは闇の誘惑。何が誘惑だと、軽く溜息をつきながらもそれを大事にデッキケースにしまうと遊星に挨拶をしてドアを閉める。パタリと響いた音が心地よい。ようやく一人になれた空間に胸の突っかえが少し取れたように感じながら、シェイドはようやく気が付く。そうか、久しぶりの他人との交流に自分はこれほどまで神経を割いていたのかと。この調子では、明日からしばらくは気の遣いすぎて心が休まることもないだろう。そう考えると、遊星には悪いと思いつつも気分が下がるのを止められないままに二回への階段を登って行くのだった。


闇の誘惑
(甘えてしまえという心の囁きに耳を塞ぎながら)





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