なんか書いてた夢なりそこない2
2013/10/23 21:14

ひたすら脳を動かし、自分の集中の限界を確かめようとするかのように深く深く思考の海へと沈んで行く。
頭を分断したまま回転させている感覚。
とうに教室の雑音も闖入者の存在も私の頭の中にはなく、視界に映るプログラムを脳内で整理しては齟齬の出る部分を削り直していくことに没頭していた。
複雑怪奇に組み合わされたプログラムも、しっかりと整理してやれば理解するのに時間はかからない。その上で、複数の命令を確認し噛み合わない場所を適切に書き換えるこの作業が、私はなんだかんだと言っても好きなのだった。そうでなければここまでモニターに向かいっぱなしでいられるわけもない。

ある程度の添削を終え、どうやらエラーはなくなったであろうというところでふうっと息を吐く。ああ、長かった。もちろん課題が終わった訳もないが、区切りはいいから一旦ここで休憩しよう。そう思って慣れた手付きでプログラムを保存すると、気が抜けて重くなった頭と肩を持て余して私は椅子の背もたれに体を預けた。ギィ、と安物の回転椅子が悲鳴を上げる。
この程度の体重も支えられないのか、雑魚め。
意味もなく自分の椅子に脳内で悪態をつくと、体制を変えることなく思いっきり背伸びをした。ぐっと後ろに反らせた腕が鈍痛を訴える。それもそうだろう、凝り固まった肩を軽く回しながら、そういえばクラスメイトたちはどうだろうかと辺りを見回せば、例のTAの教え方が良かったのかどうなのか、すでに半分くらいは課題を終えたようでさっさと帰宅してしまっていた。キングの姿も見えない。

「あーあ、帰っちゃったかな。喋りたかったような」

なんて、他人に聞こえない程度の音量で呟いて、まだ疲労が抜けないままに小さく欠伸をすると、予想だにしなかった声が自分の頭上から降ってきた。

「お疲れ様。かなり集中していたな」
「っ、!?」

驚きすぎて欠伸は途中で止まり、変なしゃっくりのような声を上げてしまった。慌てて後ろを振り向くと、そこには先ほどまでは教室にいなかったはずの不動遊星が立っている。振り向いた私にキングはほら、と小さな包みを差し出した。反射的に受け取ったそれはころりと手のひらで転がり、モニターの光でその身を赤色に光らせている。

「あ、ありがとうございます」
「俺も質問攻めで、今買ってきたんだ」

ありがたくもらったその飴を口に含むと、疲れた脳にその甘さが染み渡った。ニューキングはどうやら、ハイスペックなだけでなく心もイケメンだったらしい。
さすがはニューキング、かっこいい。

「課題、できそうか?」
「あ、えっと…うーん」

不動遊星が机に手をつきモニターを覗き込むのに、私は見やすいよう若干椅子を移動させる。ある程度は進められたが、果たしてこれが合っているのかどうか非常にあやしいところである。テストの点数発表のような心持ちで反応を待つ私に、ハイスペックなニューキングはふわりと笑いかけた。

「よく出来ている。…これなら、あとはもうほんの少しだ。一人でよく作ったな」
「……!」

ぽん、と労うように肩へと置かれた手からじんわりと暖かみが伝わってくる。おおお、おおおお!褒められた!私、今褒められた!あとあんな優しげな笑顔初めて見た!
素直に嬉しさがこみ上げて、「ありがとうございます!」と言うと俺は何もしていないがと苦笑されてしまった。なんだ、ニューキングってこんなに私たちに近い存在だったのか。あのジャックと真剣勝負を繰り広げ、見事倒してのけた挙句にマスコミにも露出しないから、きっと私では近付けもしないようなある意味天上の人かと思っていたけど、こうしてみると本当に優しい普通の人だった。

「あ、そうだ。あの」
「ん?」

デュエルについても話がしたい、と思ったところでぷつりと私の言葉が止まってしまう。うーん、何を話せばいいんだろう。デッキを見せてください?それとも、戦術を聞いてみるとか。いや、何か違うだろう。かと言って他に何か聞くことがあるのかと言われると、思い浮かぶ事柄もなく。
あー、と私が言葉を探していると、遊星さんは私の言いたいことを察してくれたのかああ、と相槌を打ってくれる。

「デュエルの話か」
「そう!そうです。なんというか色々話がしたいんだけど、いざ何の話をするかって言われるとこう」
「お前はどんなデッキを使うんだ?」

もしかして会話が終わってしまうんじゃないか、という私の不安はキングの言葉にあっさりと打ち消されてしまった。さらりと違和感なく向けてくれた話題に私はほいほい乗っかかる。

「えーと、一番好きなのはインフェルニティかな。友達に教えてもらったので」
「インフェルニティ…鬼柳と同じか」
「え?」

聞きなれない名前に思わず私が聞き返すと、遊星さんは軽くかぶりを振ったあとにどうやら同じインフェルニティデッキ使いらしい鬼柳京介という人物について教えてくれた。どうも、その人はニューキングの親友で、昔はデーモンデッキを使っていたのが今はインフェルニティに転向したのだとか。デッキが同じということもあり、俄かに私が身を乗り出すとそれに気が付いたのか遊星さんは楽しげに笑って、胸元から出したメモ帳に何かを書いて手渡してくる。

「えっと…」
「俺の連絡先と、住所だ。鬼柳は捕まるかわからないが、もしかしたら会わせてやれるかもしれない」
「そ、え、えっ」

紙を受け取ると、そこには確かに電話番号とおぼしき数字と、建物の名前らしいポッポタイムという場所の住所が書いてあった。思わず私の視線は遊星さんの顔と紙の間を二往復する。え、え、これ、貰っていいの。というか、マスコミでも知らないような連絡先を私なんかがこんなに簡単に手に入れて大丈夫なの。えっでも嬉しい、どうしようこれ!
慌てる私に「いつでも来い。俺もお前とデュエルしてみたいしな」と言葉を残すと、別の生徒に呼ばれたのか遊星さんは最後にポンポンと背中を軽く叩いて離れていく。もう一度紙に目を落とすと、そこには変わらず遊星さんの連絡先が書いてある。文字は走り書きだったのに整っていて、さすがはニューキングだと妙に納得してしまった。

(どうしよう、嬉しすぎて課題に手を付けられる気がしない)

また話ができる。
いつでも来ていいと遊星さんは言ってくれた。
そして、あわよくば同じインフェルニティ使いの友人の人とも会えるかもしれない。
そう思っただけでもう楽しみで、私はもらった紙を宝物のように鞄の中へとしまいこんだ。
絆。
そう言えば、そんなことをジャックとのデュエルの中で言っていたような気がする。
カードとの絆、デュエリスト同士の絆。
そういう意味で言うならば、ひょんなことから繋がった私と遊星さんとの絆は、この薄っぺらい紙がまるで架け橋のようになってくれているのかもしれない。

「うわあ…うわぁもう…連絡先もらっちゃったよ…」

あまりの嬉しさに、私はとっくに先程までの疲労を忘れ去ってしまっていた。脳内がニューキング一色に染まってしまったことに気が付いて、思わず私は頭を抱え込んだ。いやいや、喜びすぎだろう。でも嬉しい。楽しみ。

とにかく、今は課題を終わらせてしまおう。せっかく褒めてもらえたのだし、ここまで来たからにはきちんと最後まで解かなければ格好がつかない。
そうして帰り道、鞄を抱え込んで、いつ遊星さんのところへ遊びに行くかを考えよう。いっそ家に帰ったら連絡してみようか。
楽しい楽しい想像は、しばらく私の頭から抜けることはなかったのだった。





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