新しい日常の幕開け (1/4)
放課後。閑散とした体育館へと向かう私の心境は今までにないくらいどぎまぎとしていた。動きやすいよう適当なジャージに着替えて敦君から聞いた時間帯にそっとスキル音やリバウンドの軽快な音が聞こえてくる桁外れな面積の広さを誇る体育館の入口をくぐれば久しぶりに見る懐かしい光景が広がっていて。

(ああ、どうしよう。柄にもなく緊張する…!)

とりあえず練習の邪魔にならないよう壁づたいを通って一番声をかけやすい桃色の髪の女の子の細い背中に私は声をかけた。

「えと…桃井さーん」
「泉希ちゃん!来てくれたんだね」
「うん。今、時間大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。みんな呼んで来るから待っててね!」

花のほころぶような愛らしい笑顔を浮かべた桃井さんはパタパタと奥の皆が練習するコートへと戻って行った。その後ろ姿を見送ってぐるりと辺りを見回す。学校全体の総生徒数から察するに、どうやら帝光バスケ部もその輝かしい栄光のおかげなのか部員人数も半端じゃないようで。一軍二軍三軍まであるらしいチームは軍により皆使っている体育館が違うらしい。もはや体育館が学校にひとつという常識をいとも簡単にひっくり返すコレには笑うしかなかった。

内心で色々と帝光中学の桁違いのすごさを見せ付けられ呆然としているとふいに肩を誰かに叩かれた。誰だろうと振り向けばそこにいたのは制服姿でスクールバックを肩にかけた青峰君がいて。思わず首を傾げる。

「あ?塚原お前こんなとこで何してんだよ」
「青峰君こそなんで制服姿?もう部活余裕で始まってるんじゃないの?」

素直に思ったことを口にすれば痛いところを突かれたらしい青峰君は「あー…」と語尾を濁した。

「もうすぐ期末考査だろ?運悪く補習に捕まっちまってよ」
「そっか。大変だね」
「まあな。ってさつきの奴どこ行ったんだ?お前ほったらかして」

補習は確かに逃げようがないから仕方ない。青峰君の足の速さからすれば補習から逃げることなんて簡単なんだろうけど、後々のことを考えれば結局大して変わらないし後回しにしてるだけで根本的な解決には至らないだろうし。コートに桃井さんの姿がないことに気付いた青峰君に桃井さんが私を紹介するために皆を集めに行っていることを説明すれば青峰君は「へえ」と相槌を打ったあと私の手首を掴んでずかずかと歩き出した。

「わ、ちょっ…と!」

あの場所で待ってなくていいのだろうかと背の高い彼を見上げれば私の言いたいことがわかっているらしい青峰君は目線はそのままに言った。

「どうせ一軍全員と顔合わせすんだろ。たく…おーい!さつき!早くしろ!」

めんどくさそうに彼は声を張り上げて桃井さんの名前を呼んだ。すると軽快にパタパタと再びこちらに向けて近づいてくる足音と、それに呼応するようにバッシュが床を擦る音がふいにぱたりと止まる。青峰君が向ける方向と同じ方に視線を向けるとそこには−−−いつぞや顔を合わせた彼らがいて。

「あー!泉希ちんだー」
「…塚原、どうしてお前が此処にいるのだよ」
「泉希さん?」
「え、塚原っち?!」

皆、思い思いの言葉を口にしてくれた。その様子は驚いている反応の方が多くて。

(ていうか桃井さんと敦君から話聞いてない、ぽいな)

まだ比較的つっけんどんな態度で話をしなかった敦君や青峰君や桃井さんは私が入部する意思があったことは知っているみたいだけどそのほかのメンバーにはどうやら伝わっていないようだ。まあ、仕方ない。黒子君や黄瀬君や緑間君や赤司征十郎君にはキッパリとバスケ部には入らないと断言していたし。心境がガラリと変わった今となればもう過去の話だ。

「来てくれたようだね」
「お久しぶりですね、赤司君」
「そうだな、あれ以来だから一週間振りだ」

器用に口角を吊り上げる、一軍のキャプテン赤司征十郎は待っていたと言わんばかりの口ぶりで私の名前を口にする。

「泉希さんいいんですか?」
「うん、もう意地を張るのはやめたんだ。だから…これからよろしくね黒子君」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」

笑って彼に微笑みかければ黒子君も僅かながらも微笑んでくれて。顔合わせと言ってもキセキの世代のメンバーとは全員一度は言葉を交わした仲だしさほど畏まった挨拶はしなくてもよさそうだ。と思ったのだけど。

「…ちょっと待つのだよ。塚原。お前は確か俺にはバスケ部には入らないと言わなかったか?」

怪訝そうにそう言うと眉根を寄せてフレームを押し上げた緑間君。

(うん、やっぱり話通ってなかったみたいだね…)

ちらりとけだるげに赤司君の側に立つ敦君を見上げれば、なんともその巨体に似合わずこてん、と首を傾げる姿が可愛くて。なんて場違いなことを思いつつもどういうことだと敦君含め他の桃井さんと青峰君を見渡せば−−−

「えー?オレちゃんとメールで泉希ちんが言ってたこと言ったし。赤ちんには」
「わ、わたしはその!みんなをビックリさせようかなーと思って…えへへへ」
「だってお前別に伝えとけとは言わなかっただろ?」
「………赤司君あなた分かっててやりましたね」

ジト目で腕組をして一連のやり取りを眺めていたことの首謀者を見上げれば彼はこともなげにとんでもないことを言い放った。

「だってそのほうが面白そうだったからね」
「毎度のことながら…あなたの面白いの基準は理解しかねます」

視線を色違いの彼の双眸から外す。とりあえず緑間君の疑問を解消が先だと振り返ったその緑間君の隣にはゆらゆらと目線を合わせ辛そうにさ迷わせている黄瀬君がいて。

(説明は赤司君に任せよう…今はこっちが先決だ)

緑間君以外は何となく私の入部動機を察してくれているみたいだから、大丈夫だろう。緑間君に対しての説明を勝手に赤司君に任せた私はゆっくりと黄瀬に歩み寄った。高い位置にある琥珀色の双眸は気まずそうに未だ揺れている。「黄瀬君」彼の苗字を呼べば、ぴくりと震える肩。もう一度、彼の名前を呼ぶ。

「黄瀬君」
「…塚原っち、あの…オレ」
「−−−ごめんなさい。」
「え…?」

私は勢いよく頭を下げた。頭上で状況を理解出来ていない黄瀬君の素っ頓狂な声があがったが、それに構うことなく私はもう一度真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。

「あの時は本当にごめんなさい。図星を指摘されて逆上した上にひどいこと言っちゃって」

揺れていた琥珀色はぴたりと制止したかと思えば今度は大きく見開かれた。そんな私の行動に虚を突かれ固まっていた黄瀬君は不意に我に返ったのかあわあわとひどく慌てたように胸元で手を翳した。

「そっ、そんな塚原っちは悪くないっスよ!だから…」
「ううん。ありがとう、優しいね黄瀬君は」

本当に彼は優しい人だ。彼自信に落ち度などないのに形のいい眉を八の字にする黄瀬君に私はあの時のような偽りの笑顔ではなく、素の表情で素直な言葉を舌に乗せた。

「君の言っていた言葉は紛れも無い真実で、何も間違ってなかった。私は自分の本心を隠して罪悪感から逃げてたんだ。−−−だけど、あの言葉をきっかけに改めて自分の気持ちに向き合うことが出来たのは黄瀬君のおかげだよ。だから、ありがと」

これは心からの感謝の言葉だった。そして私はくるり、と振り返ると静かに見守っていてくれた他のキセキの世代の皆にも頭を下げる。「ありがとう」と頭を下げる。この言葉の意味をきちんと理解出来ているのは赤司君と黒子君だけらしく、残りのみんなには曖昧な返事をもらったのだけど。

「〜ッ塚原っちぃいいー!!!」
「ぐえっ。ちょ、ちょっと黄瀬君い、痛いよ」
「んー…なんかよくわかんないけど黄瀬ちんだけずるいからオレも混ざるー」
「わかんないのに混ざるの!?ああもう…きっかけをくれたのは黄瀬君と赤司君だけど、それだけじゃなくて、ちゃんとみんなと話してみて、とってもみんながいい人だったから…君達とならまたバスケやりたいなって思ったってことだよ!」
「えーと、つまり…?」
「赤司君と黄瀬君だけじゃなく入部の決め手となったのも君達だからお礼言ったの!」

ああ、こうなればやけだ。半ば怒鳴るようにして思いのたけを叫べば一瞬にして静まり返る体育館と目が点になる黒子君たち。穴が合ったら入りたい。むしろ誰か埋めてくれ。こんなに素直に感謝の言葉を口にしたのなんかはじめてだから恥ずかしくて顔が熱くなる。彼らの真摯な視線に耐え兼ねた私は精一杯顔を見られないようにとそっぽを向いたのだけど。ふいに背中とお腹に回る長身二人の腕の力が強まったかと思えば−−−視界は一瞬にして真っ暗になってしまった。どういうことだと状況を分析するよりも早く、今度は前後のホールドに加え、サイドからもホールドされてしまう。その…桃井さんによって。

「もう!泉希ちゃん大好きっ!」
「泉希さんがバスケ部に入ってくれて嬉しいです」
「全く…急に何を言い出すかと思えば。聞いているこちらが恥ずかしいのだよ」
「なんだ、塚原お前…意外と女らしいとこあんだな」

前後サイドとホールドされたまま揉みくちゃにされて私の体力は部活開始前にもして殆ど底を尽きかけていた。「離して!」と前後とサイドの三人を引きはがし安全地帯まで逃げた私。

(ていうか何この状態!黒子君どころか赤司君まで笑ってるし…)

盗み見た二人、いや、みんなの表情は心なしか喜色を孕んでいるように見えて。そして、言葉とは裏腹にまんざらでもない自分に嘆息する。まあ、しかし。彼らにもこれからこなさないといけないメニューも、桃井さんにも仕事があるワケで。私も早く、業務内容や細かい説明も聞きたいし何よりいつまでも雑談に興じているワケにはいかないので。遠巻きに一連の流れを眺めていた赤司君を見遣れば彼も頃合いだと見計らったのだろう。「お前たち」とようやく開口しテキパキと指示を出し始める。

「説明は不要だと思うが今日からマネージャーになる塚原だ」
「…改めてまして塚原泉希です。よろしくお願いします」

頭を下げればメンバー各々から聞こえてくる入部を歓迎してくれる声たち。−−−こうして、私の帝光での新しいマネージャー生活は始まったのだ。



(塚原。理解してるだろうが必ずキャプテンである俺の命令には従ってもらうよ)(な、なんですか赤司君)(まず、その他人と壁を作ろうとする敬語と敬称は禁止だ)(はい!?)(異論は認めない、それじゃ各自持ち場に戻れ)(あっオレのことは涼太って読んで欲しいっス!)(…名前の方が長いんで却下)(わお。泉希ちん正論ー)


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