生ぬるい初夏





茹だるような日差しが炎炎と照りつける日曜日のお昼すぎ。コンクリートで目玉焼きすら焼けそうな真夏日よりである。雪男が出張に出かけたおかげで無人に近い旧男子寮の燐の部屋の窓から外に身を乗り出せば近くに生える木に密集しているセミの群れが見えた。うん、キモい。そしてうるさい。真夏の昼間はやる気を奪うよね、と誰に語りかけるわけでもなくわたしはダルダルとした足取りで扇風機が鎮座するそばまで寄る。すると不意に放置しっぱなしだった携帯がブルブルと震えだした。あ、メールだ。

「…燐」「あ?」「ラーメン食べたい」「なんだよ急に」「わかんないけど食べたくなった」

カチカチとケータイの文字ボタンを親指の腹で叩きながらベッドに寝っ転がって雪男のSQジャンプを読んでいる燐のしっぽをくいくいと引っ張る。

「あー、あるよな。こんなバカみてーに暑い日に限って熱いもんが無性に食いたくなるの」「真冬にアイスが食べたくなる原理と一緒だね」「おー」「だから作って」「オレかよ」「うん」

だってわたしよりも燐の方が料理上手なんだからそうなるのは最早当たり前でしょ、と駄々をこねればわたしの手の平から逃げ惑っていたふわふわの黒い尻尾がぺしりと頭を叩いた。いたい。

「つか、インスタントのラーメン作んのに下手も上手いも関係ないだろ」「あるよ。多分。こだわりとか差が出ちゃうよ」「…▼▼、めんどくさいだけだろお前」「ばれたか!」

わたしの髪留めで前髪を止めオデコを出した燐がまた尻尾で頭を叩く。ぺしり。でも、言葉とは裏腹に調理場まで降りて文句を言いながらもラーメンを作ってくれる燐は優しい。クラスメイトの志摩くんは燐のこの優しさをツンデレなんて俗称で片付けてしまうけど、そんな簡単な言葉で片付けちゃダメだと思うんだわたしは。お鍋でお湯を沸かす燐の傍ら、わたしは冷蔵庫を漁る。

「チャーシューないの?」「そんな都合よくあるわけねーだろ。貧乏なめんな」「えー…てか、ほかの物も何もないよ」「キャベツは?」「ない。あ、でも、もやしはあったよ」

既に根っこが切られているパックに入っているもやしをひと袋まるまる沸騰し始めたお湯の中に投入すれば、その様子を止める術なく見ていた燐はギョッとしてわたしを睨んだ。

「おまっ」「いいじゃん。美味しいよ。もやし」「なにもまるごと入れなくたって…」「だってが具ないんだもん!」「…かわいくねえ」「うるさいよ」

なんだ。じゃあもやしの代わりに冷蔵庫の隅に忘れ去られていたしなびたピーマンを入れればよかったのか。わたしのもやしを選んだ選択は間違ってないぞ。まったく!なんて、口には出さずに心の中でグチグチ言っているうちにもやしオンリーのラーメンは出来上がった。そんな、中央に鎮座する大量のもやしを見て燐がごちる。

「ダイエット中の女子かよ」「ラーメン食べてる時点で挫折しかけてるよ、それ」「だな」

二人で仲良く出来上がったもやしラーメンをすすりながらくだらない雑談に興じていればどちらともなく吹きだして。ミンミンミン。外ではまだセミがうるさく鳴いている。

「燐」「ん?」「夏だねえ」「そーだな」




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