『今日の11時半に駅前に来ること』

ちかちか光る携帯を開き、そこに映る文字が酷く苛立たしくてベッドの上に投げる。
送信者はもちろんヒロトだ。
奴は週に一、二回のペースでこんな内容のメールを私に送りつける。
それも唐突に。
朝に弱い私が起きてなかったら、メールを確認してなかったらどうするつもりなのだろうか。
なんて考えても、何故か起きてしまうから杞憂だけれど。
もそり、布団にくるまって二度寝を決め込む。
ヒロトは……11時半までに起きることができたら行くことにしよう。


*


「ちゃんと来たね」
「たまたまだ」
「はいはい」

もうお決まりと化している、このやりとり。
自分の意地っ張り加減にも呆れる。
どんなに急でも、誘われることは単純に嬉しいのだ。
だって、一応付き合っているのだし。
二度寝だって、ちゃんと寝れることはない。
目が冴えてしまってどうも、駄目なのだ。
そんなくらいに、惚れてしまっている。
この食えない男に。

「…俺の顔になんかついてる?」
「な、なんでもないっ」
「そう?」
「そう!」

ふうん、とヒロトは意味深に笑う。
本当に、食えない男だ。

「じゃ、電車乗ろっか」
「は?」

いつもなら、そこらへんを日が暮れるまでぶらぶらするだけだった。
新しく開店した店を見て回ったり、美味しいものを食べたり。
大きめの公園でサッカーしたりもした。
それが、電車に乗るだなんて、珍しいにもほどがある。

「どこに行くんだ?」

訊いても、「着いてからのお楽しみ」とにっこり微笑まれるだけで、わけがわからないまま私はヒロトに引っ張られて電車に乗ることになったのだ。


*


「風介、着いたよ」
「ん、」

はっ、しまった、また寝ていた。
どうやらヒロトの肩を借りてしまっていたらしく、顔を上げるとすぐ近くにヒロトの顔があった。
思わず飛び退く。

「ほら、あれ」

電車から降りて、ヒロトは遠くを指差した。
見えるのは、大きな円形やら入り組んだレールやら。
時折、悲鳴が聞こえたりなんかもする。

「……あれ、は?」

わかっているけど聞いてしまう。
今までこんなとこ、それも二人きりでなんて。
ヒロトは鞄から二枚の紙切れを取り出して、その一枚を私に握らせた。

「懸賞で当たったんだ」

嬉しそうに「軽い気持ちで応募したんだけどね」と言って、手を掴まれる。

「さ、行こう」

私はまだこの状況についていけなくて、歩き出したヒロトがやけに眩しかった。


「……死ぬかと思った」
「大丈夫?何か飲み物買ってこようか」
「ああ、すまないな…」

ベンチに座って、遠くなっていくヒロトの背中をぼんやりと見送る。
さすがに絶叫系連続はつらいものがある。
そんなに苦手な方ではないと思っていたが、物の見事に酔ってしまった。
ヒロトも一緒に乗ったはずだ、なのにあいつはけろっとしている。
なんだか悔しい。

「風介」

ペットボトルを二本持ったヒロトが、ちょいちょいと手招きをする。
何かあったのか、そう思って駆け寄ると、「あれに乗って休憩しようか」と大きな円形を指差した。

いろんなものが小さく見える。
さっきまでは私達があの小さな点々だったのだと思うと、不思議な気持ちになる。

「少しは気分良くなった?」
「ああ、ありがとう」
「そっか」

ほっとしたように、ヒロトは安堵の表情を浮かべた。
やっぱり、好きだ。この男が。
どこがいいかなんて、そんなのわからない。
わからないけれど、こいつと一緒にいたいって、そう思ってしまうのだ。
それは、私だけかもしれないけれど。

「……風介?」
「なんだ」
「今良くないこと考えたでしょ」
「はあ、根拠は」
「顔がね、曇ってた」

……なんでわかるんだ。
勝手に心の中を読むなと。

「俺ね、風介といたいよ。ずっと。ずっと一緒にいたい」

普通なら嬉しく思うその言葉には、まるで一緒にいられないという意味が含まれているような気がした。
聞きたくない、そんなのは望んでいない。

「嫌だ……」
「ふうすけ、」
「嫌だ、そんなの、まるで別れようって言ってるみたいだ」

それ以上何も聞きたくなくて、耳を塞ぐ。
ぐらり、観覧車の中が揺れたと思ったら、向かいに座っていたヒロトが私の両腕を掴んでいた。

「別れないよ、絶対」

瞬間、唇に柔らかいものが触れる。
私はそっと、目を閉じた。
このままヒロトに全てを委ねてしまいたかった。


*


それから数日経った頃、大学受験のためにヒロトは家を出ることになった。
ヒロトがいなくなってまた何日か経ち、ふと遊園地に行ったときに着ていた上着が目に留まった。
洗濯しようと持ち上げると、ポケットから何かが落ちた。
それは、チェーンのついたシンプルな指輪だった。



Never ending


111004
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