着替え終わった霧野先輩が部室のドアを開けようとしたところを見計らい、(もちろん誰にも気付かれないように)後ろから背中を思いきり突き飛ばした。
無防備な先輩は当然前のめりになり、そのままドアにごっつんこ。
それが、俺の思い描いたシナリオだった。
実際はと言えば、先輩が倒れる前にドアが開き、部室に入ってきたキャプテンの胸にすっぽり収まってしまう。
「狩屋!」と俺を睨み付けた先輩は、すぐにキャプテンに向き直って「ごめん」と謝った。
おいなんで若干頬が紅いんだよ。
片想い中の女子か、顔だけじゃなく性格も本当に女々しい。

「霧野は狩屋と仲良いんだな」
「んなっ……!!」

突然そんなことを言い出したキャプテンに、先輩はありえないとでも言いたげな表情で「冗談じゃない!」と声を張り上げる。
それは俺も同感で、「キャプテンの目は節穴ですか」と笑みを作った。

「ふしっ……いや、いつもじゃれてるし」
「「どこが!?」」
「狩屋だって霧野にすぐちょっかいかけるだろ」
「うっ……」

なんだ、この人意外に見てる。
キャプテンとは名ばかりではないということか。

「違うんだ、神童。これは単なる嫌がらせで」
「霧野に構ってほしいんだろ」
「かまっ……、そうなのか狩屋?」

そこで俺に振るか霧野。
キャプテンに言われて、少しでもそう思っちゃうあたりはまだ可愛いげがある。
だが、先輩の顔は不信感があるというか、警戒するような目で訊いてくるからまた腹が立つ。

「そんなわけないです」

にこり、笑顔を貼り付けると先輩は「ほら言っただろ」と一生懸命キャプテンを説得していた。
そんなに否定することか畜生。

「……アホ霧野」
「今なんつった狩屋てめぇ」
「いいえ、何も?」

今にも掴みかかってきそうな先輩をさらっと流し、部室を出ようとすると床に四角い物体が転がっているのに気付いた。
何となく拾うと、先輩が「あっ」と声を漏らす。
それから、しまったと言ったような顔で鞄を漁り、数秒後には俺に向かって手を差し出していた。

「何の真似です」
「……それ、俺の」

恐らく、俺に突き飛ばされたときに落としたのだろう。
俺はしげしげとその物体を見て、心の中でほくそ笑んだ。

「そうなんですかぁ」

そのまま返してくれると思ったらしい先輩は、俺が部室から出たのを見て慌てて追いかけてくる。
うん、予想通り。

「おいっ狩屋、」
「拾ってもらったんですから、俺に何かしないといけないと思いません?」
「……何が望みだ」

諦めたようにため息を吐く先輩。
可愛い後輩の頼みなんだから、聞いてくれたっていいでしょう?

「アドレス」
「は?」
「教えてください、先輩の」

ぽかんとして俺を見る先輩は、しばらく固まったままびくともしなかった。

「……霧野先輩?」
「はっ……えーと、そんなこと?」
「そんなことって……何を期待してたんですか」
「してない!!お前のことだからえげつないことでも」
「うわー、酷いなあ」

「いいから教えてくださいよ」と急かすと、渋々ながら俺が持っていた先輩の携帯を取り、「ほら、赤外線」と口を尖らせながら言う。
照れ臭そうに、俺から目を逸らして。
なにそれ、ちょっと可愛いとか思ってしまった。
こんなのずるい。

「狩屋?」
「えっああ、すみません」

慌てて取り出した携帯を先輩のに向ける。
受信される先輩のアドレス。
『登録しました』の文字が出てきたとき、俺は一体何をやってるんだろうと思った。
嫌いな先輩に脅迫染みた方法でアドレスを聞き出す。
はて、何のために?
俺は何がしたいんだ?

「……メール、してもいいですか」
「え?ああ、まあ、うん」
「迷惑メールでも?」
「しばくぞ」
「冗談です」

電話も、と口から漏れそうになって両手で押さえる。
だから何がしたいんだ、俺は。



無自覚って怖いね


111003
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