「また円堂君と一緒にサッカーしたいなあ……」

急に口を開いたと思えば、ヒロトはそんな戯言を吐く。
まるで呼吸と一緒だった。
息を吸って、「円堂君」という言葉と一緒に吐くのだ。
ヒロトは昔から円堂のことを気に入ってはいたが、FFIで優勝してからはそれが顕著になってきた。
新聞のスポーツ記事を見ては「円堂君」、テレビでサッカーの中継があれば「円堂君」。
円堂とはしばらく会っていないはずなのに、毎日のように会っているような気さえする。
ああ、もうとにかく、私は一応ヒロトと付き合っているはずなのだ。恋人というやつだ。
なのにどうして、ヒロトの部屋で二人きり、というこの状況でまた「円堂君」が出てくるのだろう。
私は試されているのだろうか?何を?愛を?……冗談じゃない!
ぱたん、読んでいた厚めの本を閉じ、雑誌を片手にテレビを見ているヒロトの背中をありったけの力を込めて蹴る。
本当はノーザンインパクトをお見舞いしてやりたかったが、そこは抑えた。
いきなり背中を蹴られたヒロトは目を白黒させ、何が起こったかわからないといった様子で私を見た。ちょっといい気味。

「じゃあ円堂と付き合えばいいだろう」

冷ややかにそう言って、部屋を出た。
そこから廊下をちょっと歩けば晴矢の部屋がある。
問答無用でドアを開け、ずかずか部屋に上がると、煎餅を食べながら漫画を読んでいたらしい晴矢が素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっお前いきなり何だよ!」
「うるさい私は今不機嫌なんだ。凍らせるぞ」
「何それ脅し!?」

晴矢から煎餅を引っ手繰ると、そのあまりのしょっぱさに思わず嘔吐いてしまう。
きたねえ、と晴矢が零したような気がしたが、上手く聞き取れなかった。

「……これ、しょっぱすぎないか」
「ああ?んなのてめーのせいだろうがよ」

何のことだと言い返す前に、ティッシュを突き出される。
それで顔拭けよ、と晴矢に言われてやっと、自分がどのような状態なのかを理解した。
何だかんだ言って私はヒロトが好きだったのだ。
ヒロトの心を占める円堂が羨ましかったのだ。

「晴矢」
「ん」
「……ありがとう」

鼻水を啜りながら礼を言うと、晴矢は少し顔を背けて「おう」と返してくれた。
持つべきは良い友だ、と痛感しながら私はまた煎餅を齧った。

「風介いる!?」

ばたん、と勢いよくドアを開けてやって来たのは、先ほど私が蹴り飛ばしてきた相手だった。

「喧嘩なら俺を巻き込まないでやってくれ……」
「喧嘩じゃないよ」

ため息混じりに言う晴矢を、ヒロトはきっぱりと否定した。
そして私を見つけるとすぐに駆け寄り、手を取ってきたものだから、晴矢も相当だろうが私もかなり驚いた。

「風介ごめん!俺、風介の気持ち全然理解してなかった」

俺だって風介から晴矢の話ばっかりされたら良い気持ちしないし、……と一息に言うだけ言ったヒロトはぜえぜえと息を整えながら私の手をぎゅっと握った。熱い。すごく、熱い。

「だから、お願い。戻ってきて」
「……」

必死に見つめてくるヒロトの瞳に負けて、私はつい頷いてしまっていた。
ま、まあ、あれだけ言われて悪い気はしないって言うか……嬉しいって言うか……、



「そういうのは余所でやってくれないか」



120323
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