(※二周目番長)

花村は自分の相棒がかなりモテる奴だということをよく理解していた。
ここに来てそう経ってはいないはずなのに、彼の交友関係は広い。
それはもう、同じ都会からの転校生である自分なんか目じゃないほどに。
放課後には同級生や後輩と一緒にいるのをよく見かける。
加えて言うと、見るたびに連れてる人が違う。
男か女か、なんていうのは愚問である。
老若男女問わず、と言うのがまさに彼だったからだ。
病院清掃のアルバイトで知り合ったナースや老婦人、学童保育で知り合ったお母さんなどと交流があると花村が聞いたときはたまげたものだった。

そんな相棒に、花村はこのたった数ヶ月の間で、かなりの信頼を寄せるようになっていた。
つい最近まで彼の放課後の相手は他でもない、花村だったのだ。
自分の弱さと向き合い、変われるきっかけを作ってくれた月森との絆を、ひしひしと感じる。
だから、今も廊下で誰かに誘われている月森を見て、今日は誰と過ごすのだろうとか、もう誰かと付き合っているのだろうかとか、花村は関心こそあれ深く詮索しようとは思わなかった。
誰と過ごそうが付き合っていようが、月森は月森なのだ。
この先何があろうとも、自分の特別≠ネ、気の置けない親友兼相棒なのだ。
そう信じて疑わないのに、誘われているところを自分に見られて硬直している月森が少し間抜けに見えた。

(誘われるとこ、よく見かけるけどな)

見られていたことに今まで気が付いていなかったのだろう。
月森が放課後のお誘いに来た子からふと目を離すと、トイレの帰り道だった花村とぱちり、と目が合ってしまった。
そのまま視線を外さないでいると、月森は急に俯いて誘ってきた子に何やらごめんのポーズを取っていた。
断ったのか、珍しい。
こんなこともあるもんだと花村が教室へ向かおうとすれば、後ろから「陽介」と声をかけられる。

「今日の放課後空いてる?バイト?」
「空いてる……けど、さっきの子、いいのかよ」

誘ってきた子(しかも女子)を断っておきながら自分を誘うだなんて初めてのことで、花村は少し戸惑った。
じっとりと睨みを利かしても、月森には何の効果もなく、あっさりとかわされる。

「いいよ。まあ、陽介のせいなんだけど」
「何で俺!?」
「俺はね、今度こそ何股もかけようと思ってたの」
「うわ最低だよこの人」

今度こそ、という妙な言い回しが少し気になったが、月森が何股もかけようと思っていたことに持っていかれてしまった。
しかも、この男なら女の子達に一切バレずにやってのけそうだ、と思えてしまうのだから怖い。
花村は心の中で、月森に好意を寄せている仲間達に同情した。

「なのに陽介が」

ぽつり、吐き捨てるように言った月森に、花村は「なんだよ」と首を傾げる。
そこで何故自分が出てくるのか、花村には全く繋がらない。

「ほっとけなくさせるんだもん」

不意に腕を掴まれて、息が詰まる。
月森の瞳に真っ直ぐ射貫かれて、どくんと心臓が跳ねて、花村はもうわけがわからなかった。
男に、しかも相棒に見つめられて緊張するなんて、ありえない。
花村はなんとか胸を押さえ、普段通りに明るく振る舞う。

「もんってお前。可愛くねえからな?」
「はは、ひどい」

ぱっと腕を放した月森がからからと笑う。
それはいつもの彼で、花村はほっとした。
さっきの、自分の腕を掴んだときの月森は、初めて見る。
どくどくと脈打つ鼓動が、今の花村にはひどく煩わしかった。


*


放課後、花村は月森に連れられて高台に来ていた。
そういえば前にここに来たことがあったな、と風に吹かれる髪を撫でながら思う。
前は自分が月森を連れてきた。
高台から見えるこの町が小さく、とても小さく見えたが、それでも以前のように嫌いだとは思わなくなった。
そんなふうに変われたのは、この隣にいる相棒のおかげだ。

「ありがとな、月森」

突然何だ、と拍子抜けする月森の滅多にお目にかかれない間抜けっ面が、花村には嬉しかった。
いつも真面目でクールぶっている彼が素を見せるのは自分だけだと知っている。

「いや、ただ言いたかっただけ」
「ふーん……」

照れ臭そうに笑った花村を、月森は訝るような目付きで一蹴する。
銀灰色の瞳に映るその緩みきった表情に、こいつもしかしてわかっててやってるんじゃないか、と思ってしまう。
花村にそんな器用なことができるわけがないのを、月森は十分に理解しているわけだが。

「陽介に特別≠チて言われたの、ここだったよね」
「ん、ああ、そうだな」

随分前のことのように思えるが、実際言われたのは数週間前だ。
その前の記憶を辿るなら、一年前になるのだろうか。
あのときの月森は、まさか相棒に面と向かって特別≠セと言われるとは思ってもいなかった。
初めて出来た相棒の弱さを必死に受け止めて、一生懸命励ました。
憧れの先輩を想ってぼろぼろと涙を溢した相棒に、うっかり心を奪われて。

だが今の月森は、一度物語の結末を知ってしまっている。
肝心なところは朧気にしか思い出せないが、花村や他の仲間達など、深く関わった人物と過ごした時間はしっかりと記憶していた。
だから、二度目は。
二度目こそは、花村に心を奪われてしまう前に、自分の一番≠作ろうと月森は思った。
二回も同じ男に夢中になるなんて、月森のプライドが許さない。
何故俺が花村なんかに。
もう何回も考えたが、答えはとっくのとうにわかりきっていた。

「俺の特別≠燉z介だよ」

月森がそう言った途端、花村の顔は茹で上がったタコのように真っ赤になった。
以前同じことを自分に言ったのは誰だと突っ込みたくなったが、ここはぐっと我慢する。
最初の月森≠ヘ、こうして自分の特別≠ェ花村であると伝えることはできなかった。
そこまでの勇気と、諸々の問題を受け止めるほどの寛容さがなかったからだ。
だが、今は違う。
何せこの世界は二度目、最初の月森≠ェ培ってきた努力はどういうわけか引き継がれていた。

「俺に彼女ができなかったのは陽介のせいだ」
「なっ」

人のせいにすんな、と言おうとした花村の言葉はあっさりと呑みこまれてしまう。
月森の顔がすぐ近くにあって、お互いの唇と唇がぴったりとくっついている。
どういう流れでこうなったとぐるぐる考えている間に、月森は花村から離れた。

「お前は危なっかしいんだ」
「へっ」
「俺が傍にいてやらなきゃって思ってしまうほどに」

それはお前が望む対等≠ニやらにはなれないかもしれないけど、と不服そうな顔の花村に付け加える。
さすがに耐え難かったのか、月森はがしがし、と首の後ろを掻いた。

「……ここまで言って、まだわからない?」

突然投げかけられた問いに、花村はまとまらない思考を何とか整理しようと必死だった。
月森に特別≠ニ言われ、(これは素直に嬉しかった)
かと思いきや彼女ができなかったのは自分のせいだと言われ、(そんなの俺の知ったこっちゃあない)
口封じのためかキスをされ、(ぶっちゃけるとファーストキスだった)
傍にいてやらなきゃと思ってしまうほどに危なっかしい、と。(危なっかしいって何だ)

「えぇっと……、」

急かすような月森の視線が痛い。
そう言えば、昼休みに「陽介がほっとけなくさせるから」とかなんとか言われた気がする。
あれは何の話だった?
月森が女子から放課後の誘いを受けたけど断って、何股もかけようとしてたとか言ってたけど、それもやめて。
どっちも、月森は花村のせいだと言った。
花村がいたから、月森は女子からの誘いを断った。
花村がいたから、何股もかけるのはやめた。
それが表すのは。

「お前って、俺のために人生棒に振れるんだ?」
「……」

(どうしてこう遠回しに当ててくるんだ、鈍いくせに。花村のくせに)

月森は内心悪態をついた。
自分がどんなにすごいことを言ったのか、理解できていないだろう花村に向かって。

「ああ、振れるよ。いくらでも」
「……おっまえ、」

いっそのこと開き直ってしまえと笑顔を見せると、ようやく意味がわかったらしい花村が恥ずかしそうに肩を震わせた。
そういうのは女の子に言え。
予想できすぎるその言葉を言わせないために、月森はぷるぷる震える花村を両腕で包み込んだ。



好きです、なんて言ってやらない



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