かくれんぼ
23:51 03 Dec



一つ年下の苗木誠くんは、ボクを見つけるのが上手い。
自分の幸運が代償を伴うせいであまり行動範囲は広くない方だが、なにせ希望ヶ峰学園は大きい。
それなのに、迷子になっても仕方ない学園の中で、苗木くんはボクの居場所をぴたりと当ててしまうのだ。
同じ“超高校級の幸運”への興味で苗木くんに近付いたボクは、彼と本の貸し借りをするほど仲良くなった。
苗木くんがぽつりと「あの本読んでみたいんだよね」と言って、「それならボクが持ってるよ」と返したのがきっかけだった。
借りた本を返すために、苗木くんがボクに会いに来る。
それが嬉しくて、ボクは次に貸す本を用意しながら、よく教室で苗木くんを待っていた。

ある日、忘れ物を取りに音楽室へ向かっていると、廊下で「狛枝くん」と聞き慣れた苗木くんの声がした。
何て偶然なんだろうとボクは思ったが、苗木くんは「何となくここかなって」と本を抱えながら言った。
そんなことが何回かあって、「苗木くんはボクを見つけるのが上手いね」とボクは言った。
苗木くんは冗談混じりに「エスパーだから、かな」と笑った。
彼の同級生である“超高校級のアイドル”、舞園さんの口癖らしい。 苗木くんとかくれんぼをしたら、きっとボクはすぐに見つけられてしまうのだろう。
ボクは苗木くんを見つけられるだろうか?
思考に耽りながら、ボクは一つ提案をした。

「苗木くん、ボクと勝負しようか」

苗木くんは目をぱちくりさせていたが、「かくれんぼで」と言うと、笑顔で承諾してくれた。
いつも苗木くんがボクを見つけるから、今度はボクが苗木くんを見つけよう。
ボクが数を数えている間に、苗木くんの足音はどんどん遠くなっていく。
十まできっちり数えて、さあ苗木くんを探しに行くぞと足を踏み出す。
その途端、視界がぼやけ、ボクの思考は暗い海の底に深く深く沈んでいった。


*


気が付くと、見慣れた自室の天井があった。
時計は朝の七時を指していて、陽の光が眩しい。
夢だったのだろうか。
苗木くんに貸した本が本棚にあるのを見て、ボクはベッドから身体を起こした。

その日一日、ボクが苗木くんと会うことはなかった。
見かけもしないのは珍しいことではないが、ほぼ毎日苗木くんと会っていたので複雑な気分だった。
次の日、その次の日も、苗木くんの姿はどこにもなかった。
休んでいるのかと思い、ボクは苗木くんのクラスに足を運ぶことにした。
いつもボクを見ると険しい顔をする霧切さんが、なぜか今日は一ミリも表情を変えなかった。
どうしたのかなと思いつつ、廊下に一番近い席に座っている十神くんに聞いてみる。

「読書の邪魔してごめんね、苗木くんってずっと休んでたりする?」
「苗木……?」

怪訝そうな目を向けた十神くんは一言「そんな奴は知らん」と言って、また本の世界に入ってしまった。
それから何人かに聞いたが、「そんな名前の生徒はいない」という答えしか返ってこなかった。
苗木くんがいない?
この学園に確かに存在していただろう?
何かの冗談かと思ったが、あの霧切さんや石丸くん、大神さんまでもが嘘を吐くとはあまり考えられない。
ボクは急いでこの学園の名簿を見つけ出し、苗木くんの名前を探した。
ぺらぺらとページを捲る指が紙で薄く切れても、構わずに探し続けた。

結論から言うと、苗木誠という生徒はこの学園にはいなかった。
知らない名前が彼の代わりに記されていたのを見る限り、選ばれなかったのだ。
“超高校級の幸運”として。
ここはきっと、そういう世界。
苗木くんに関する全てがボクの夢でなければ。

ボクの本棚は、苗木くんに貸している本の分だけ抜けている。
今朝見たとき、それがなかったのに何故気付かなかったのか。
きちんと整頓された本。
抜けているところなんて、どこにもない。
最初から、他人に本を貸してなんかいなかったのだ。

「……苗木くんは、こんな絶望の中、ボクに探し出せって言うのかい」

そう、ボクはかくれんぼの途中だった。
いつも苗木くんがボクを見つけるから、今度はボクが苗木くんを見つける。
強く、そう思ったはずだった。
苗木くんと過ごした日々はとても穏やかで、ボクは言い様のない幸せを確かに感じていた。
それがいけなかったのだろうか。

苗木くんは限りなく一般人だった。
何の才能も持たない、どこにでもいるごく普通の高校生。
ボクが探し求めている“絶望に打ち勝つ絶対的な希望”とはほど遠いはずの彼。
ボクと同じ“超高校級の幸運”というだけで顔を見に行ったのだが、彼はとんでもないお人好しで、馬鹿なんじゃないと思うぐらい前向きだった。
後ろ向きのボクとは正反対だ。
なのに、彼からはボクと同じ匂いがした。


「苗木くんにはいつも見つかっちゃうね」
「ボクにもよくわからないんだけど、何となくあそこにいるかなって思ったら、そこに狛枝くんがいるんだ」
「あは、GPSでも付けられてるみたいだね」
「そんなことしないよ!?」
「わかってるよ……ねえ、苗木くん」
「なに?」
「ボク達きっとどこかで繋がっているのかもね」
「どこかって?」
「さあ?わからないからどこかなんだよ」


*


あれからいろんなところを探し回ったけれど、どこにも苗木くんはいなかった。
学園にはいないことがわかっていたから、こっそり抜け出して街に出た。
ざわざわとうるさい雑踏の中を、時間を忘れるぐらい探し続けた。
人は何かのために前へ前へと進む。
果たしてボクは前へ進んでいるのか否か、それすらわからなくなっていたが、苗木くんを見つけるためにひたすら足を運んだ。
苗木くんはボクを見つけるのが上手い。
片道切符しかないなんて、冗談じゃない。

苗木くんの家に辿り着いても、ボクの心が晴れることはなかった。
苗木誠はここにはいない。
では、ボクはどこを探せばいいのだろう?

「苗木くん、ボクの負けだから早く出ておいでよ……」

随分と弱々しい声が出た。
ボクみたいなゴミクズが発するには似つかわしい声だ。
ボクは苗木くんがいないと、こんなにも不安定になるんだなあ。
まるで他人事のように、そう思った。
今までの疲労のせいか身体がやけに重く、自室のベッドに身を預ける。
ふと本棚が目に入り、のろのろと身体を起こして、何となく、最後に苗木くんに貸した本をパラパラと捲ってみた。


*


ここはどこだろう。
また違う世界なのかな。
ふわふわふわふわ、漂うボクは白い世界に身を委ねる。

「狛枝くんは、ボクが“超高校級の希望”だから好きなんじゃないの?」

もう懐かしい気さえする苗木くんの声が聞こえた。
苗木くんが“超高校級の希望”?
苗木くんが“希望”だから、ボクは苗木くんが好き?

「……それは違うよ、苗木くん」

もし苗木くんが本当にボクの求めていた“希望”なのだとしても、ボクの彼に対する感情は変わらないだろう。
希望でもなく幸運でもなく、むしろ不運だとすら言われるそのままの彼を、ボクは愛してしまった。
だって、彼が隣にいるだけで、ボクはこれ以上ないほどの幸せを感じるのだ。
幸運の見返りは、苗木くんにもボクにも訪れることはなかった。
「キミの幸運のおかげだね」と言うと、顔を真っ赤にして「ボクじゃなくて、それが狛枝くんの幸運なんだよ」と答える苗木くんが愛しい。
傍にいられるだけでよかった。
ボクは苗木誠という存在がいて初めて、幸福に浸ることができたのだから。
ねえ、苗木くん。
苗木くんが“超高校級の希望”でなくても、ボクはキミが好きだよ。
“希望”はボクが最も求めていたものだけど、ボクは同じくらいに苗木くんを求めている。
早く苗木くんに会いたい。
キミに伝えたいことが、たくさんあるんだ。


*


気が付くと、見慣れた天井があった。
時計は朝の七時を指していて、陽の光が眩しい。
夢だったのだろうか。
……どこからどこまで?

「狛枝くん」
「……苗木くん!」

ああ、待ち焦がれていた彼の姿。
確かめるように、駆け寄ってきた小さい身体を抱き締めた。
もがもがと慌てふためく苗木くんはやっぱり可愛い。
年齢にしては幼い見た目のわりに、かっちりとした黒いスーツを着ている彼。
左腕に感じる違和感。

「……ボクはとてつもなく長い夢を見ていたようだね」

ボクの言葉に、苗木くんはきょとんと首を傾げた。
そして、気まずそうに顔を背けながら、唇を震わせる。

「狛枝くん、あの、昨日はごめん。せっかく伝えてくれたのに、ボク、」
「いや、いいんだ。ボクだって何も言い返せなかったんだから」

昨日、ボクは苗木くんを自室に呼び、「好きだ」と言った。
苗木くんはたっぷり三秒固まった後、いっきに顔を林檎のように赤くさせた。
これは期待してもいいのかな、なんて思った矢先に「狛枝くんは、ボクが“超高校級の希望”だから好きなんじゃないの?」と返ってきたのだ。
そんなことはない。
ボクは苗木くんだから好きなんだ。
そう言えていたらよかったのに、何も言葉が出なかった。
何か言おうとしても、ただ空気が通り抜けるだけだった。
もしかしたら苗木くん自身ではなく、苗木くんの“希望”に惹かれているのだとしたら。
可能性は拭えなくて、ボクはぐるぐるぐるぐると考え続けた。

「ボク、謝らなきゃって思って、朝一番に部屋を出たんだけど、さすがに早すぎた、ね……」

ボクの部屋の鍵が開いていたらしく、勝手にお邪魔させて頂いていたと言う苗木くんは、後ろめたさからか顔を伏せたままだ。
その真っ直ぐな瞳を見たい、とボクは苗木くんの頬に手を添える。

「こっ狛枝く、」
「苗木くん、ボクはもう答えを出したよ」
「答え?」
「苗木くんが“超高校級の希望”じゃなかったら、ボクは苗木くんを好きでいたのか」

苗木くんの目をじっと見つめると、彼は蛇に睨まれた蛙みたいに硬直した。
何を恐れる必要があるのだろうか。
ボクはこんなにも、キミを愛しているのに。


*


一つ年下の苗木誠くんは、ボクを見つけるのが上手い。
未来機関に所属している彼の手伝いをしているボクは一日のほとんどを彼と共に過ごしているが、たまに外へふらふらと足を運ぶ。
そんなときでも、苗木くんはすぐにボクを見つけてくれる。
「こんなところにいた」と息を切らしてボクを追いかけてくる彼が見たいがために、こうして彼の手から離れた行動を取っている、ということは一生秘密にしておこうと思う。




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