行き着く先には 5:12 04 Nov 右も左もわからない、暗闇で覆われた世界。 例えるなら、“絶望”という文字がこの場所をよく表している。 ボクは、どうしてここにいるのかすらわからずに、ただ立ち竦んでいた。 モノクマから渡されたもので全てを知って、それから練った計画を遂行して、それで? ボクはボクでなくなったはずだけれど、どうしてここにいるのだろう。 ただただ、ぼんやりと考える。 「ここにいたんだね、狛枝凪斗クン」 声がした方を向くと、そこにはどこかで見たような少年が立っていた。 ああ、そうだ。 彼のことは、未来機関ファイルで知ったんだった。 コロシアイ学園生活の生き残りである、“超高校級の幸運”。 それが彼、苗木誠だ。 「キミに会えるなんて嬉しいよ、苗木クン。ところでさ、ここって何?」 「うーんと、現実でもプログラムでもない世界、かな」 曖昧な答えに、思わず「は?」と言うと、苗木クンは困ったように続けた。 「ほら、キミって全てを知った上で死んじゃったでしょ?だからバグを起こしたっていうか……こんな変なところに行き着いちゃったんだよ」 「ふぅん。じゃあ苗木クンはどうやってここに?」 「居場所を探して、何とかね」 それはご苦労なことだ。 ボクなんかの行方を探して、こんなところにまで飛び込んで。 これも未来機関の役割というやつなのだろうか。 「現実世界に帰る方法は?」 リアルの世界に未練なんてない。 目覚めたところで、ボク自身は絶望しちゃってるわけだし、また深い眠りにつくしかないのだ。 それも果てしなく深い、一生覚めることのなく深い眠りに。 あ、でもどうせなら希望の礎となるようなことで眠りたい。 そんなことを考えていたら、苗木クンがうっすらと笑みを浮かべていた。 「方法はあるよ。でも、キミ次第」 「ボク次第?」 「そう」 好きにお任せってことか。 なら別にいいか……と思考がそれたところで違和感を感じた。 何かが違う、とボクの心が叫んでいる。 何が違う? ボクは何を忘れている? 『―――狛枝クン』 声が聞こえる。 苗木クンの声だ。 でも、目の前にいる苗木クンのものじゃない。 わけがわからずに困惑していると、次に、頭の中で映像が映し出された。 それは鮮明ではなく、ところどころにノイズがかかり、まるで古いビデオテープでも見ているかのようだ。 これはボクの記憶だろうか? 全く覚えていないのに、どこか懐かしい気さえするそれは、ボクをひどく惑わせる。 「苗木、クン……」 思わず名前を呼んでしまう。 そこに彼がいるのに、頭の中に浮かぶ“彼”を思う。 絶望的なくらいに滑稽だ。 『狛枝クン、今日も一人?よかったら一緒にお昼食べない?』 希望ヶ峰学園の制服を身に纏っている苗木クン。 なるほど、これは学園で生活していた頃の記憶らしい。 ザザッ、とノイズがかかり、場面が切り替わる。 『危ない、狛枝クン!』 苗木クンが叫ぶ。 どうやら、ボクが足を滑らせて階段から落ちたらしい。 ……のだが、苗木クンが助けてくれたみたいで、大事には至らなかったようだ。 また、場面が切り替わる。 『ボクは狛枝クンといたいからこうして一緒にいるんだけど……ダメ、だった?』 ボクといたいから、一緒にいる、だって? 信じられない。 耳を疑うような内容に、ボクは絶句した。 ボクみたいなゴミ虫と一緒にいたいと思う人がいるのにも驚いたけれど、一番驚いたのは苗木クンに目立った外傷がないことだ。 あの言葉や今までの映像からして、苗木クンとボクは親しい仲だったと考えられる。 それだけ近くにいて、ボクの幸運の影響がないなんてこと、あり得るはずがない。 幸運の代償として、自分や周りの人に不幸が訪れる。 そんなボクの屑みたいな能力が、苗木クンに対して効果を発揮していない? そんなことが、まさか、 「狛枝クン……?」 脳内ではないところから響いた声に、顔を上げる。 そこにいるのは苗木クン。 でも、きっと彼は“希望”なんかじゃない。 「苗木クンのフリなんかして……何がしたいの?」 ボクがそう言うと、“苗木クン”はきょとんとして首を傾げた。 「フリ?……ええと、どういうこと、かな」 「キミは苗木誠じゃない、って言ってるんだけど?」 そんなこともわからない? 見下すように言うボクに、“苗木クン”は慌てて口を開く。 「どうしてそう思うのさ。ボクと狛枝クンは初対面でしょ?」 「それは違うよ」 根拠は自分の中にある。 忘れていたことが不思議なくらい、苗木クンとの思い出が、そこにあったから。 「……うぷぷ、まさか思い出すとはね」 “苗木クン”がそう口にした途端、暗闇に覆われた世界は、一瞬にして光で溢れた。 黒なんてどこにもなく、視界は白で埋め尽くされる。 暖かく降り注ぐ光は、ボクが愛するものによく似ていた。 「これは一体……」 「よかったね、狛枝クン。現実世界に帰れるよ」 白の世界で、最後にそんな声が響いた。 * 何か温かいものが口に触れているのを感じる。 ほっとするような、懐かしいような、気持ちの良い感覚に目が覚めると、そこには苗木クンがいた。 しかも、ボクとの距離はゼロ。 唇をボクの口に合わせて、微かに震えている。 「……何してるの?」 「っこ、こま、え、」 声をかけると、苗木クンはすぐさまボクから離れ、赤くなったり青くなったりしながら口をパクパクさせた。 「よ、よかった。目が覚めたんだね。それで、えっと、その、」 「苗木クン」 「あ、あのねっ、狛枝クン最近容態がおかしくて、このまま目が覚めないのは承知の上だったけど、もし死んじゃったらどうしようって思って、」 「苗木クン」 「本当にごめ……っ、」 あからさまに動揺している苗木クンの腕を引き寄せ、よく回る口に食らい付く。 先程、唇を重ねていたときにも思ったが、ボクはこの感触を知っている。 ひどく懐かしい気分だ。 舌を絡め、口内を存分に堪能すると、苗木クンは驚いた表情のまま固まってしまった。 あれ?ボク達ってそういう関係じゃないの? 苦笑しながら、ボクはその愛しい存在を抱き締めた。 あの暖かい光は、きっと苗木クンだったのだ。 苗木クンの中にある希望が、ボクを導いてくれた。 「ああ、これに見合う不幸ってなんだろう?」 「不幸なんて、起こらないよ」 真っ直ぐで迷いのない、苗木クンの声。 そんなキミだから、ボクはこんなにも惹かれるんだ。 |