約束しよう
2:09 08 Jan



小学生の女の子を預かって早三日が経った。
彼女の通う小学校は、このアパートから徒歩十五分。
道がわからないだろうと案内しようとしたら、もう覚えてきたと言う。
彼女は俺より先に帰宅するため、部屋を簡単に掃除して待っていてくれる。
バイトのせいで夕飯が遅くなっても、何も言わない。
こっちが驚くほど、出来すぎた子だった。
まだ小学生なのに親と離れて見ず知らずの男の世話になるなんて、親に甘えたい盛りであろう彼女がとても不憫に思える。
彼女はどうして、この事態を受け入れたのだろう。

食い扶持が二人分になってから始めた炊事の産物―とても美味しそうには見えない―を食べる彼女は、文句の一つも言わない。
その代わりに、「美味しい」と天使のような笑みを浮かべるのだ。
俺はその笑顔を見るたびに、ひどく胸が苦しくなる。
自分が作った料理とも言えない料理を咀嚼しながら、天地が逆転しても美味しい≠ニは言えないことを念頭に置く。

「無理しなくてもいいんだぞ」
「む、無理なんてしてないもん」

一瞬だけぎくりとした彼女の表情を、俺は見逃さなかった。
小学生らしい反応をようやく返してくれたことに、少しだけ安堵する。

「君は、これでいいの?」

チャンス、と一昨日から思っていたことを口にしてみる。
何のことだかさっぱりだという様子で、彼女は小さく首を傾げた。

「お母さんとかお父さんとか、会いたくならない?」
「ううん」

まさかNOという答えで即答されるとは思ってもいなくて、たっぷり三秒固まってしまった。
そんな俺に気付いていないのか、彼女はぽつりと呟いた。

「あのね、仕方がないの。だから、莉子はこれでいいの」

どこか悟ったような口振りに、俺はこれ以上突っ込むことはできないのだろう。
彼女の家にはそれなりの、凝り固まった事情があるのだと、そう思うことにした。
他人である俺が口出しするべきではないのだ。

「……じゃあ、一つだけ約束」
「やくそく?」
「遠慮とかそういうのいらないから、言いたいことは言ってね」

子どもは子どもらしく、甘えればいい。
そういった意味を含めて言えば、彼女は少し考えてから、ゆっくりと頷いた。

「うん、わかった」

案外あっさりとした承諾によかった、と胸を撫で下ろすと、彼女が何か言いたそうにもじもじしているのに気が付いた。
恥ずかしそうに、甘えたような瞳で必死に見つめてくる。
昨日までの彼女とは、明らかに違った。

「莉子からも一つ、いい?」
「もちろん」
「えっとね、莉子≠チて呼んでほしいな」

……なんだこの可愛い子は!






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