「くそー…だるい…」

肌寒くなってきた11月の朝、南は寒気と頭痛で目を覚ました。
起き上がるとひどく身体が重たく、かろうじて下の階に行き熱を測ると38度もあった。
おそらく、急に冷えてきたにも関わらず昨晩髪の毛をろくに乾かさず寝てしまったせいだろう。
これは学校を休まざるを得ない。
明日はどうせ土曜日だから今日は休んで休日の間に治しなさいと母親に言われ、南は食欲がないもののなんとか詰め込み薬を飲んで再び布団にもぐりこんだ。

「やべ…東方に連絡しないと」

手を伸ばし机の上の携帯を取ると同じ部で相方の東方に『熱で休む、担任に言っといてくれ』という簡素な内容のメールを送った。
文章を打つのもだるかった。

「さむ…」

南が言い終わると同時に携帯が鳴った。東方である。

『分かった、帰りに寄るから安静にしてろよ。』

東方の返信も普段より簡素なものだった。南がメールを打つのすらだるいのを理解していたのだろう。

「見舞いなんていいのに…」

そう呟いたものの、東方の顔が見たいのも事実だった。風邪の時はどうにも心細くなるもので困る。

父親も母親も仕事に出かけてしまい、弟も学校に行ってしまったのでこの家に南は今一人だった。

だるさと頭痛で何もする気になれず、仕方なく一眠りして昼になったら食事をとり薬を飲もうと思い南は目を閉じた。


ーーー


朝、いつも通り学校に行く支度をしていた東方は南からのメールにひどく驚いていた。

『熱で休む、担任に言っといてくれ』

あの滅多に体調をくずさない南が熱を出したらしい。しかも、メールを打つのすらだるそうだ。よほど具合が悪いのだろう。

南の具合を配慮し、言いたいことはたくさんあったが、『分かった、帰りに寄るから安静にしてろよ。』というこちらもまた簡素な内容で返信した。

本当は今すぐにでも南の家に行きたかった。南の家は両親が共働きで弟も学校があるので、今南は家に1人なのだろう。
しかし、学校をさぼって南の家にいったとなると南自身が怒るだろう。
南はそういう、真面目な性格なのだ。
東方自身も不真面目なわけでは決してないのだが、熱を出したのが南とあれば話は別である。

「仕方ない、学校はちゃんと出るか。部活は今日は休ませてもらおう」

きっと南は部活を休んできたとなるとまた怒るだろう。ただでさえ部長の南がいないにも関わらず副部長の東方までもいなくなるのだから統率をとれる人間がいなくなってしまう。千石がサボればなおさらだ。
しかし部活が終わってからとなると7時を過ぎてしまう。きっと南の両親は6時を過ぎるまで帰ってこない。それまで南を一人にしておきたくないのだ。
いつも隣に並んでいる南がいないとなるとなんとなく落ち着かなくて、東方は一秒でも早く学校が終わることを祈った。

「やっと終わった、」

六時間目終了のチャイムが鳴り、ホームルームもそこそこに東方は教室を出た。
顧問の伴田に部活を休むと伝えると、伴田は特に咎めることもなく、分かりました、といつもの食えない笑顔で呟いた。
そのあと千石に『今日は部活休むなよ』という簡素な、こちらは別にただめんどくさかっただけだが、メールを送ると学校を出てまっすぐ南の家に向かって走った。

「あ、携帯…まぁどうせ千石だろ。ほっとこ」

途中で携帯が振動を告げ、千石相手ならばどうせ文句でも言っているんだろうと内容を確認するどころか携帯を開きもせずただひたすら南の家へ走る。

数分間走り続け、やっと南の家に着くと東方はハッとした。
見舞いにきたというのに何も買ってきていないのだ。来る途中コンビニがあったはずなのだが必死すぎて通りこしてしまったのだろう。

「うわ…俺バカだ…」

またコンビニに引き戻そうかとも考えたが先に南に会って何か食べたいものなどを聞いた方が良さそうだと思い、東方は南の家のインターホンを押した。




昼を食べて薬を飲んでからまた眠りについていた南は家のインターホンの音で目を覚ました。

「東方か?いやでもまだ4時過ぎだよな…誰だろ」

薬を飲んでゆっくり寝たせいか幾分かだるさが消えた南は、パジャマ姿のまま階段を下り「はーい」と答えガチャ、と音を立てドアを開けた。

「やぁ、具合はどうだ?」

そこには相方の東方が額に汗を滲ませ立っていた。走ってきたのだろう、東方を中に引き入れて、自分の部屋に向かう。

「東方、やけに早いな。部活は?」

パジャマ姿の南から予想通りの反応が返ってきて東方は苦笑する。

「休んだ」

きっとまた南にひどく怒られるだろうと、それも嫌ではないのだが、覚悟をして東方は南に告げた。
しかし返ってきた言葉は東方の予想とは大きく外れていた。

「そうか、悪いな。俺なんかのために」
「気にするなよ、俺が来たくてきたんだ。…俺はてっきり南に叱られると思ってたよ」

東方は苦笑しながら思っていたことを正直に告げた。

「いや、最初は文句言ってやろうとか思ってたんだけどさ。でもドア開けたら東方すげえ汗かいてるし、本当に心配してくれてたんだなあって思って」
「そこまでバレてると気恥ずかしいな…でも本当、心配したよ。案外大丈夫そうで安心した」

東方を自分の部屋に招き入れると南は東方の汗を自分のパジャマの裾で静かに拭った。

「それに、俺も東方の顔見たかったんだ。風邪のときって妙に心細くて」

東方は汗を拭っていた南の手を優しく握り、下におろすと少しだけ南を近くに引き寄せた。

「うん、俺もそうだろうなと思って部活休んできたんだ。本当は学校も休みたかったけど」
「学校まで休んでたらさすがに俺キレてたぞ」

そう南が笑うと東方もつられて笑った。南はまだ怠さはあるものの、東方が来てくれたせいか随分と気分が良かった。
東方は南に布団に戻るように促し自分も近くに座った。

「悪いな、見舞いらしいもの何も持ってきてなくて」
「気にすんなよ、来てくれただけで充分嬉しいし。でもうつると悪いからあんまり長居しない方がいいぞ」

東方は南の風邪ならうつっても構わないと思った。むしろ自分にうつして南が治るならうつして欲しいと思う。
しかし風邪の自分より見舞いに来た東方を心配する南の優しさに、東方は「わかった」とだけ答えた。

「南の部屋でせっかく二人きりなのにな」
「ばっか、なに考えてんだよ」

冗談を笑って返せるほどに南は回復してるらしかった。
この分でいけば月曜日には元気に学校に来られるだろう。

「南の両親帰ってくるまでもうちょい寝てろよ。俺はお前が寝付くまでいてやるから」
「いいよ、子供じゃないんだから」
「いいから寝ろ。な?それとも起きた時も俺がいた方がいいか?」

最後の方はにやにやと笑いながら東方が告げ、それに多少の苛つきを感じつつも南は東方の言うとおりもう一度寝ることにした。

「…わかった、寝る。寝るから東方も帰れ。本当にうつるぞ、風邪」
「南が寝たら帰るって。ほら、目つぶれ」

東方に半ば無理やり寝かせられ、仕方なく南は目を瞑った。それと同時に東方の大きな手が南の頭を優しく撫で始め、その心地よさに南の意識が遠くなる。
南の顔を見つめながら東方は南が寝付くまでひたすら頭を撫でた。南にはっきりとした意識があったならばまた「子供扱いするな」と言われることだろう。

南の寝息が聞こえてきて、東方はやっと撫でていた手を止めた。
南が起きないよう静かに立ち上がってなるべく音を立てないよう荷物をまとめる。

「月曜日は絶対に来いよ」

絶対だぞ南、と寝ている南に向かって静かに告げる。起きる気配はない。

東方が南の家を出るとちょうど南の母親とすれ違った。
南の母親から、お見舞いありがとうねーと話しかけられ、照れ臭そうにいえ、とだけ返すと東方は自分の家へと歩き出した。

時間を確認しようと携帯を開くと、千石からメールがきていたことを思い出し、一応確認する。

『なんでよ!!俺だって南のお見舞い行きたいのに!東方ばっかズルイ!』

どうやら千石も南の見舞いに行くつもりだったようで、メールの文章から千石の不満ぶりがうかがえる。
月曜日謝ればいいか、と特に返信もせず携帯を閉じた。
汗をかいてそのまま放置したせいか、ぞくりと寒気が走る。東方自身が本当に風邪を引いてしまいそうだ。

南の家へなりふり構わず走ったことを思い出し、我ながらあの時は必死だったと東方は自嘲的に笑う。

「そりゃ必死にもなるよ」

今日一日を振り返り、東方は改めて南のことが大事だと感じる。
親友としても、ダブルスパートナーとしても、恋人としても。


「南のいない世界はつまらないんだ」

走って乱れた学ランの襟を直しながら東方は大袈裟にそう思った。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -