長くて退屈な午前が終わって昼休みになった。クラスの女子グループが先生の愚痴を言いあいながら机を合わせている。お昼は女子達に教室の机を殆ど占領される為、男子達はこうして教室の端っこや外で昼食をすませる。あーあ、女子っていうのは何でグループ等というめんどくさい輪を作るのだろう。決められた友達といつも行動するなんて息苦しくないのかと思う。それに、輪が大きければ大きいほど仲間に入れてもらえない人達が可哀相だ。別に、入れてもらえない人の味方をする気はないがグループを作ることで差別が生まれるのは事実だ。だからオレは集団行動やグループなどというのは昔から苦手だったりする。

きゃいきゃい騒ぐ彼女らを横目で見つつ教室を出た。あの中は息苦しくて敵わない。昨日は夜遅くまで信介に借りた漫画を読んでたせいで朝から頭が痛かった。眠気も全然覚めないし、部室に行って昼寝でもしようかな。時間はまだまだある。授業中に居眠りするよりかは今寝ちゃったほうが何倍もいい。

「………あれ?」
部室の前に来て入り口の自動ドアが開くとそこには既に先客がいた。視界に飛び込む目立つピンク色の髪。こちら側に背を向けて一人でベンチに座っていた。
ちょっぴり驚いた。だってお昼だっていうのにいつも隣にいるキャプテンはいない。喧嘩でもしたのかと思ったけどあの二人だ、こんな大切な時期に仲間割れするなんてことあるはずがない。
霧野先輩はこちらには気がついていないみたいだった。よくよく考えればこれはチャンス。そっと近づいて後ろから脅かしたらどんな反応するかな?
先輩のまだ見たことのない新しい表情を想像したら思わずにやけてしまいそうだ。そうだ、驚かすだけじゃつまらない。今はキャプテンもいないし抱き着いちゃおう!
「せーんぱいっ!」
「うああ!!?」
昔から気配を消すのは得意だった。背後からそっと近づいて思いっきり抱き着いてやれば大袈裟に跳ねる肩と声。霧野先輩って驚き方も女の子らしいなあ。ま、クラスの女子と比べるなら霧野先輩のが何倍もいいけど。
「先輩スキが多すぎですよ〜こんなんじゃまたオレに騙さ、れ……うええええ!?」
思わず声が変な漏れた。

振り返った霧野先輩は、泣いていた。

鮮やかな群青の瞳からほろほろと次から次へと涙が零れ落ちる。まだ一度も使ってない白いシルクの布を純水に浸し絞ったら出てくるようなきれいな液体に、驚いた顔の自分が映っているような気がした。
「あ、ああ。何だ、狩屋か。驚かすなよ。」
「え、あ、す…すいません……あの、先輩、何で泣いてんですか?」
言ってから直ぐに言わなければよかったと少し後悔した。いくらオレでも他人の都合に無神経に首を突っ込むほど落ちぶれていない。いや、霧野先輩は別だけど、さすがに泣いてたらちょっとは空気読もうと思うわけで。
でも、霧野先輩はオレの問いに意外とあっさり答えた。
「え?ああ、オレ泣いてたのか。気づかなかった。」
目元をごしごし乱暴に拭うとオレに分厚い何かを見せてきた。
(…本、だ。)
何だ、本を読んで泣いていたのか。慌てて損した。
一瞬勝手にきょどってた自分を先輩にからかわれてしまうんじゃないかと考えてしまったが先輩はとくに気にする様子はなくこちらを見つめて微笑んだ。
「これ、神童から貰った本なんだけどさ、意外と感動もので泣けるんだぜ。」
説明を聞きながら表紙を見てみると、何だこれ、女子が話題にしてた小説じゃん。そういえばマネージャーやあの剣城でさえも面白いとか泣けるとかいろいろ言ってたな。自分は正直言って漫画しか読まないタイプだから本を差し出されても興味が生まれない。
霧野先輩は本読むんだ。サッカー以外無関心な先輩でも。それとも女子に紹介されたからとか?
「でもこれ、恋愛とか友情とか、そういう系でしょう?先輩ってホント女の子みたいですよねー。」
皮肉たっぷりに言うと先輩は口をムッとへの字に曲げて本に目を落とした。本の表紙を指で撫でて小さな声で呟く。
「確かに恋愛ものでもあるけど、ハッピーエンドじゃない。愛しあった二人は最後、殺されて死ぬんだ。」
あとこれ、ホラー小説だよ。先輩は薄く苦笑しながらパラパラ本のページをめくった。所々目に入るページの中の活字は確かに物騒な単語ばかりだった。
「ちょっと不気味な部分もあるけど…読み甲斐はあると思うな、オレは。」
「神童は紹介されて買ってみたらしいんだけどさ、あいつ数ページで怖いとか言ってオレに押し付けてきたんだ。いらないらしいからもらっちゃった。あ、お前も見るか?」
ああ、そうか。キャプテン怖いの苦手そうですもんね。ていうかそういう話とは下手すれば一生無縁で生きていきそうな感じがする。
その本にはとくに興味なかったけど先輩があまりにも期待しているような顔で進めてくるもんだから断りづらくてせっかくだから読んでみることにした。
「読み終わったら感想聞かせてくれよ。お前みたいな奴なら絶対ハマるぜ。」
「それってけなされてる様にした聞こえないんですけど…。」
「褒めてんだよ。」
本を受け取るとずっしりとした重みが広がった。
先輩はにっこり笑ってオレの肩を軽く叩くと立ち上がった。
「読み終わったら感想聞かせろよ!語れるやつ男子では剣城ぐらいしかいないんだ。もし狩屋がハマったら、二人で語りたいし。じゃあお先に。」
先輩はそう言い残すと優雅な足取りで自動ドアの向こうへと消えていった。
一人、部室に取り残されたオレはじっと受け取った本を見つめてみる。表紙は特に怖そうな雰囲気を醸し出してるわけでもなく、どこにでもありそうなごくごく普通の絵だった。一ページ目を開くと途端に飛び込んでる大量の小さな活字。うへえ、こんなのが何百ページも!?目が回りそうだ。少なくとも、読みたい気分にはなれなかった。
(…でも)
不意に頭にちらついた目に悪いピンクの頭。こんなのをとても読みがいのあるものだと絶賛していた。霧野先輩はこの分厚い本をもう読み終えたらしい。毎日剣城とこの本のことで語り合ったりしてんだろうなあ。本を進めてる時のさっきの先輩の嬉しそうな顔がなぜか頭から離れない。本当に楽しそうな顔をしていた。さっきの顔を剣城にしてんだろうなと思ったら何だか落ち着かなかった。
意を決して本の一ページをめくる。再び目にする大量の活字を見て少し目が回りそうになったが覚悟を決めて読み進めた。少しだけ、これを読み終わった時の霧野先輩の嬉しそうな顔を、再び見てみたいと感じた。


(甘ったるい匂いをまとった小さな、まるで星屑の様なその花の名は)


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