(6) | ナノ














(6)
ピンポーン。

「あれ。母さん帰ってきたかな」

玄関前で段ボール箱を囲んで立っていた俺はそのままドアを開けた。

「母さん、友達来てっから茶でも――」
「あっ、あたるくん、こんにちはー!」
「お邪魔します!」
「お部屋いってるわね、あたるくん!」
「しのぶ! と、さなえちゃんとゆうはちゃんとみきちゃんとともちゃんと…って、え、みんなどうしたの!」

予想外の来客に驚きはしたが、女の子なら大歓迎だ!
と思ってドアをいっぱいに広げると、クラスの女子のほとんど全員がそこにいた。


「お邪魔しま〜す」
「お邪魔します!」
「お邪魔するわね」
「お邪魔しますー」
「お邪魔するわ」
「ちょ、ちょ、ちょ……」

玄関はまたたく間に女の子のローファーであふれかえった。

「なんだこりゃ…」

とりあえず、女子陣に存在さえ確認されずに下敷きになっていた男共を踏みつけ(「むぎゃっ!」とか奇声が聞こえたが気のせいだろう)、二階の自室に向かう。
階段の途中でもきゃいきゃいと騒がしい声が聞こえる。
ううん……いや待てよ…こりゃあ…ハーレムではないか!!!!
勢いよく部屋の扉を開けると、そこには夢の世界が広がっていた。
どこを見ても女の子、女の子、女の子、女の子、女の子、女の子!

(し、しあわせ〜……!!)

欲を言えばもうすこし服装に彩りが欲しかったところだが、十分だ!

さあ僕を受け止めてくれっみんな…!

幸せの絶頂でダイブした俺は、しかしこの密集したはずの部屋のなぜか誰もいない床に頭から落ちた。
何でだ。(女の子が避けたなんて思いも寄らない。)

「ねえ、終子ちゃん今日おうちに帰れないんでしょう?」
「そうなんです…電波が何かに邪魔されているみたいで、電話しても通じなくて」
「終子ちゃんかわいそう」
「今日どこで寝るの?」
「行くところがないならわたしのうちに泊まりにいらっしゃいよ!」
「何をおっしゃいますか。そんな無礼をはたらくわけには…」
「あら、全然迷惑じゃないのよ。おへや一つあまってるし」
「こらっ!! しのぶ! お前、俺という恋人がありながら男を泊めるとは何事だ!」
「…誰が恋人ですって?」

離れたところから勢いをつけて飛んでくるしのぶの右ストレートはなかなか強烈だ。

「いてて…。俺は悲しいぞ、しのぶ!他の男を泊めるなんてお前はいつからそんな蓮っ葉な女になってしまったんだ!?」
「何おかしなこと言ってるのよ。終子ちゃんは女の子じゃない。」

グサッ! すぐ隣で面堂があからさまにショックを受けているのにしのぶは全く気がつかない。

「お前なあ、よく考えろ。面堂は男だろ?」
「ばかいいなさい。どこからどう見たって女の子よ。ねえ!」
しのぶが振り仰いで部屋中の女の子たちに同意を求めた。
「そうよそうよ」
「正真正銘女の子だわ」
「何言ってるのよ、あたるくん」

グサグサグサッ! 連続攻撃で面堂のライフはもう0だ!

「君たち…残酷だねえ」
「はあ?」
「なあ面堂」
「ははは…」

俺は初めて面堂に心底同情した。女好きのこいつが女の子に男と認められないのはいかほどのショックだろうか。こいつ泣きながら笑ってるぞ。













(7)
「とにかく! 面堂を家に泊めることは俺が断固として許さん!」

しのぶに向かって力の限り声を響かせると、部屋中の女の子たちが一瞬シンと黙った。

が、一人がぽろりと
「…しのぶのおうちがダメなら私のおうちに来てもいいのよ」
と言い出したのを皮切りに部屋にはまた喧噪が溢れた。

「わたしも、お姉ちゃんのお部屋今余ってるわよ!」
「ええっ、それならうちに来てほしい〜!」
「うちがいいわよ! うちにおいでなさいよ!」
「え、えと…」

「ちょ、ちょ、ちょっとちょっと!!」
突然の勢いの波にたじろいでいる面堂と女の子達の間に割ってはいる。
「しのぶだけじゃないの! 桃子ちゃんもかおりちゃんもたまこちゃんもみんなだーめーなーの!!!」

だいたい、ただ女の体になっただけでこんなにちやほやされてんのに女の子のおうちに泊まれるなんてそんな甘すぎる蜜を面堂にだけ吸わせてたまるかってんだ!
みんな忘れてるようだけど面堂だって男だからどんな間違いがあるとも分からんのに!

「え〜? 何でよ」
「いいじゃないの別に」
「大体なんであたるくんに言われなきゃならないわけ?」
「あたるくんもほんとは終子ちゃんのこと独り占めしたいだけなんじゃないの〜!」
「………なっ…」

思わず閉口する。

……なんでそういうことになるんだよ!!!!!!!

分かってはいたとはここまでとは。みんな脳が毒されている!
拳を握って全力で反論しようとしたその時―――


「話は聞かせてもらった!!!」


ふすまがガラリと開かれてさっきまで下で伸びてたはずの男達が腕を組んだポージングで並んであらわれた。

「終子ちゃん、行くとこないならおr」
「僕の部屋においでよ!!」
「こら! 俺の台詞を取るな!!!」
「こんな馬鹿どもはほっといてぼくのうちに泊まりにきなよ終子ちゃん」
「お前の部屋足の踏み場ねーだろ!」
「俺の部屋はテレビ液晶だしプレステもウィーもあるよ! ネット環境も完璧だし!」
「こいつベッドの下にエロ本隠してるからやめときな」
「お前だって本棚の裏の棚にエロゲ大量にコレクションしてるくせに!」
「ばばぶあかっ硬派な俺のトップシークレットを!!」
「やだあ最低」
「男子ってフケツね」
「……おまえらは…」

ぬっくと立ち上がった右手にはおなじみのアレである。

「選択肢にも入ってねーから安心しろっ!!!!!」

ぽこぽこぽこと端からのしていってふすまをバタンと閉め切る。
扉を押さえたままで、すぐ横にいる面堂を横目ににらむ。
後ろの女子たちに聞かれないようにできるだけ小さな声で名前を呼んだ。


「面堂。」
「…なんだ」


一応言っておくが、俺は面堂のことなんてこれっぽっちも好いちゃいないのである。
しかしいくらそうとはいえ、狼のようなこの男達の部屋にぽいと投げ出すような真似はさすがにできない。
だからといって女の子の部屋に泊まらせるなんてそんなおいしい思いも絶対にさせたくない。
――――となると。



「お前今日、俺んち泊まれよ」




黒い瞳孔が目の前でまんまるに見開かれた。
こくりとひとつ小さく頷いたその頬が、

「……わ、わかった」

こころなしか少し赤い。








「なっ…、」
予想外の反応に思わずこっちが焦る。

「なな何照れてんだよ、馬鹿!! 俺は別にな――!!」

「! だっ、誰がいつ照れた、誰が!!!!」
「お前顔赤いだろ!!!!」
「も、諸星こそ」
「馬鹿っ俺はお前が妙な反応すっから……!」



…………もういいや。なんかおかしな事態に頭痛の前兆がする。
こめかみを押さえるふりをして火照った自分の頬を手のひらで冷やした。
面堂もまだ赤い顔を(もしかしたら怒りで余計赤くなったのかもしれない)をふいとそっぽにそむけている。



ああ何だってこんなことに。
……面堂だって分かってんのに無駄に可愛いから調子狂うんだよ〜くそ!








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