「高見の見物とは趣味が悪いな」 「……あら、おにいさま」 なんて、まるで今気がついたかのように振り向いて不敵に微笑んでみせる。 本当は足音で分かっていた。生まれたときから身近にあるその足音は、もう誰のものとも違って聞こえる。 バルコニーからは夜風にはためくカーテンが邪魔をして、戸口に立つ姿が見え隠れする。 「おにいさまこそ、どうしてこちらにいらっしゃったの?」 「僕はもともとこんな馬鹿らしいものには興味がない」 しゃらしゃらと肩についた飾りを揺らしながらゆっくりと、私のすぐ横まで歩いてきて、ローマ風のバルコニーの手すりに物憂げに寄りかかった。 今日の衣装はスペインの中世貴族をイメージしたものだろうか。華美ななかにも屈強な男らしさを強調するデザインが、高背で端整な顔立ちのおにいさまにとてもよく似合っている。 赤いドレスの自分と並んで西洋風のバルコニーに佇むと、第三者から見たらさながら映画のなかの光景のようだろう。 「つれないのですね。せっかくおにいさまのお誕生日をお祝いしたくて開催しましたのに」 「どうして僕の誕生日の祝いが仮面武闘会になるんだか……まあいい、おまえの奇行は今に始まったことではないからな」 「みなさん楽しんでくださって、了子はうれしいかぎりです」 「たのしんで……か…?」 下界に満ちているのは和気藹々というよりは、阿鼻叫喚と呼ぶべき喧騒だった。 「まあ、今回は了子の身を案じる必要がないから呆れながら眺めていられるというもの。ラムさんやしのぶさんにも警護班をつけておいたから安心だ」 「……おにいさまはおやさしいのね」 「何を今更。」 「いつもわたくしを一番に守ってくださいますわ」 「それは妹だからな、当然だろう」 いつだって馬鹿正直なくらいにこのひとは、わたしを守ろうとしてくれる。 そんなことをしなくたってきっとわたしはあなたよりもずっと強くて鋭くて尖っているのに、気がつかないのだろうか。 いやきっと、そんなところも分かっているうえで兄としての務めと思ってわたしを包もうとしているのだろう。 小さな頃、よくその背に負うてもらったことを思い出す。 ずり落ちないようにつかまるふりをして戯れに首を絞めたりしたものだ。 苦しい苦しいといいながら背中のわたしを振り下ろそうとは決してしなかった。 あのころからきっとわたしは、普段涼しい顔をしているおにいさまが自分のために必死になってくれる姿が見たくてつい意地悪をしてしまうのだ。 「おにいさまは、女の方を呼び捨てにされたりはなさらないのでしょうね」 「なんだ、突然」 「親しい方でも、ラムさん、しのぶさんとお呼びになりますわ」 「そうだな。女性には丁寧に接しなければなるまい」 それでも、きっといつかは特定の女性をお名前でお呼びになるようになるのでしょうね。 その言葉は言わずに胸にしまった。 こちらの学校に転校してから、おにいさまは随分楽しそう。 それは妹のわたしとしては喜ばしいものであり、おにいさまのお友達に遊んでいただけるのも大変たのしくて了子は満足しております。 どこへいってもみんなの人気者で一番をつくらなかったおにいさまが、自宅にいるときにクラスメイトの女性のことを口に出すなんて今までにないことでしたもの。 そんな最近のおにいさまの様子をみていて、つくづくおもうのです。 きっといつかは、わたし以外にも誰か素敵な方のお名前を、わたしと違って特別な響きで、お呼びになるのでしょう。 おにいさまに守ってもらえる地位も、ワガママを許される権利も、名前で呼び捨てにされる特別も、きっといつかはわたしだけのものではなくなってしまう。 それがすこし寂しい、なんて。ばかげたことだと分かっているけれど。 「おにいさま」 「ん?」 「今日も素敵な衣装、とってもお似合いですわ」 「当然だ」 すぐ横に歩みよってて、兄の顔から繊細な装飾の施されたシルバーのベネチアンマスクを剥ぐ。手すりに寄り掛かって低くなった上背のおかげで容易に手が届いた。 「こら、仮面をとってはルール違反だろう」 「いいんです。今日は最初から、おにいさまの優勝ですもの」 自分も似た形の赤い仮面をとって、晒された素肌の横顔にそっとキスをした。 「申し遅れましたわ。…お誕生日おめでとうございます、おにいさま」 「……どうした、今日は。ずいぶん甘えん坊だな」 「ふふ、照れていらっしゃるの? 昔はよくしていましたのに」 おにいさまが頬を赤く染める様子ってなんてかわいいんでしょう! (その頬にキスできる特権は、せめてもうしばらくはわたしだけのものであってほしいものだわ!) ――――― 振り下ろそうとしなかったんじゃなくてしっかり掴まれてて振り落とせなかっただけだと信じてます ×
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