KM | ナノ













放課後、下級生のクラスに寄り道してから生物室にいく途中。
階段の前を通ったら上の階からピアノの音が聞こえた、気がした。
ここ最近、音楽部は不祥事で活動停止してたはずだけどな…。
3秒ほど静止してみる。……確かに、ピアノの音色だ。
しかも合唱とか合奏ではなくピアノの音しか聞こえない。
ポケットから出した携帯のサブウインドウで時間を確認する。15:57。

「……ま、ちょっとくらい遅刻しても平気だろ」

放課後一人でピアノ弾いてるっつったら、美少女のお嬢様と相場が決まってるからな。
お近づきになれなくたって、見るくらいは。
そう思った俺はそっと忍ぶ足取りで階段をのぼった。








「こりゃあ……驚いた」

音楽室の開け放たれたドアの前で俺はひっそりと呟いた。
いや、たしかに、美少女のお嬢様の男版、っていやあ道理ではあるけど。
筋金入りのぼっちゃんだからピアノとか乗馬とか世間一般の男子がやらんことできても不思議ではない。
とはいえ、だ。
音楽室の端のグランドピアノが響かせるこの哀愁漂う抒情的な旋律。
引き込まれるようななめらかな音階、どこか懐かしささえ感じさせる、優しくてでも厳かな音。
これを奏でているのが、あの陰険で嫌味なアホ男として名高い面堂だなんて。
黙ってれば絵になるしファンの女の子とかからしたらそう意外でもないんだろうが(むしろキャーキャー言いそうだ)、いかんせんあの性格知ってるとなあ…。
……しかし、ほんと、黙ってればすげえ絵になるな…。
ぼけーっと壁によりかかって聞いていたら、面堂が鍵盤から手を離した。
どうやら曲が終わったらしい。

ぱちぱち、と手を叩くとさほど驚きもせず面堂がこちらを見た。
「コースケ」
「いやー、すげえなお前。ピアノ弾けたんだ」
「…小さい頃に少し習ったんだ」
言いながらパタン、と鍵盤の蓋を閉めた。

「あれ、もうやめちゃうの? もうちょっと聞かしてよせっかくだし」

すかさず面堂の座っているすぐ横にあった同じかたちの椅子に陣取る。

「…………じゃあ、一曲だけだぞ」
「何弾いてもらおっかな、あれ、エリーゼのためにとか?」
「そんな簡単なものでいいのか」
「え、あれって簡単なんだ? じゃあ……あ、俺、これがいい、曲名わかんないんだけど」

なんか、じゃーんじゃーんじゃんじゃんじゃんじゃーん、って曲。

我ながら曖昧すぎる、と思った。でもそこしか知らなかったのだ。
昔、有名な演奏家がリクエスト曲を生演奏するとかいう企画のテレビ番組で一瞬聞いて、なんとなく頭から離れなかったメロディ。
実際全然、それじゃなくてもよかった。別にエリーゼのためにでもねこふんじゃったでも何でもいいんだ。
しかし面堂は、何も答えずによくわからん和音を場所をずらして鳴らしまくり始めた。

「なにやってんだよ面堂」
「ん、どの調だったかと…ああここだな」

確かめるように、その位置で何度か同じ和音を弾いた。

「え? ちょう? え、弾くの?」
「? お前がいま弾けといったんだろうが」
「え? え? 分かったの?」
「シューベルトだろう」
「え――――」

混乱する俺をおいてけぼりに、「弾けるかな…久しぶりだ」とか一人ごちて突然鍵盤に指を走らせ始めた。
緩やかな音の粒がなめらかに降下、上昇、下降をくりかえす。
綺麗……っていうかめちゃめちゃ、早い、し……

「…あれ、ほんとにこの曲?」
「いいから黙って聞いてろ」

なんかもっと暗い曲だった気がすんだけど。
とか思ってたら突然動き回っていた指が和音をはじいて、耳に覚えのある音階を繋ぎ始めた。

「……あ、これだ…」

なんであんなんで分かったんだろ……。
ピアノって意外と端から端まで使うもんらしい、俺の目の前の鍵盤のとこまで指が何度も行き来する。
…よく指の一本一本がこんな動くよな、俺じゃ指太くて横の鍵盤も弾いちゃいそうなもんだけどな……。

ジャン!

モノクロの上を滑らかに走る白い指をぼーっと見ていたら、いつのまにかその手が鍵盤を跳ねて面堂の膝の上に落ちていた。
ふう、と運動後のような息を吐いて、こちらを向いた。

「これだっただろう」
「……」
「なんだ黙りこくって。弾けと言ったから弾いてやったのに」
「……すげー感動した…」
「ん?」
「すっげーな、お前!! めちゃめちゃ感動した!!!!!」
「……それほどのものでも…この曲、簡単なんだぞ」
「ご謙遜をー! めちゃくちゃ難しそうだったじゃんかー!」
「…だから、そう見えるだけで」
「いやーまじ感動した! ありがとな面堂!」
「…別に…」
「ねーもっかいひいてよ違う曲」
「も、もうだめ!」

面堂がバタンと鍵盤の蓋を閉めた。
その勢いに驚いて面堂の顔を見ようとしたら、向こうを向いていて表情がうかがえない。

「なんだよ、もしかして照れてんのー?」

ぷにぷに。ふざけて人差し指でそのほっぺたをつっつくと、

「なっ…なわけないだろう! 一曲だけと最初に言ったはずだ!」

とか言いながら、その顔がすこし赤くなっているのがよく分かった。
……そっか、こいつ同性には意外と褒められなれてない?
そういえば今考えると、よく俺のリクエスト聞いてくれたもんだな。
むさくるしい男のためにピアノを弾く暇はない!とか言いそうだけどな、普段なら。
……もしかして俺、すっげーラッキーだったかも。

「あ、そういや、さっき下級生の子達が言ってたけど、お前今日誕生日らしいじゃん」
「ああ」
「エイプリルフールに誕生日ってのもなんか、お前らしいよなー」
「うるさいな!」
「お前の誕生日なのに俺がプレゼントもらっちったなー。お礼になんかおごるよ」
「…だまされんぞ。どうせカップ麺かスナック菓子だろう」
「……お前も鋭くなったなあ」
「当たり前だ!」


ははは、と笑いながら、呆れている面堂につめよる。
「誕生日おめでと、面堂」
耳元で囁いてからそっと顔を離してみると、……想像以上の反応だった。
意外と初心なことを知って思わずニヤニヤしてしまう。

(…こいつからかうの、おもしれーな)
しばらくは暇しなくてすみそうだ。












ひゃあ。読み返したらはずかしすぎる
ラフマニノフのヴォカリーズがまどマギで出てきて(さやかが病室で恭介にあげたCD)嬉しくてテンションあがって面堂がピアノひいてたら可愛いわあああああああああと思って書いたんでした。でもその後公式で弾いてるの見て本物の可愛さに白目向きました。面堂ぼっちゃんだからやっぱりちっさい時にピアノ習ったんだろうなーはー可愛い可愛い






×