下駄箱で靴を履き替えていた私は、外の景色を見て唖然とした。 薄暗い昇降口の向こうはざあざあ振りである。 傘を持っていなかったのだ。 「天気予報では何も言ってなかったのに…」 どうしたものかと上履きを入れた下駄箱に手をかけたまま立ち尽くしていると、 「しゅ・う・こ・ちゃーーーん!」 能天気な声が降ってきた。 振り向きもせずひょい、と一歩右に避けると、さながら飛び込み選手のように落ちてきた諸星が頭から床に激突した。 「……何度同じことをすれば気が済むんだおまえは」 「終子ちゃんのためならこんな痛み、なんともないさ」 「無駄にかっこつけた台詞を言いながら足に擦り寄るな、気色悪い!」 振りはらって蹴飛ばしても、何故かコンマ1秒後には平然と側に戻ってきている。おそらくこの男は人間ではないのだろう。 「今帰りでしょ。奇遇だね〜俺もなんだ! いっしょに帰ろうよ〜」 「諸星と帰るならそのへんの化け物と帰ったほうがまだマシだ」 「ふっふっふ、甘いな、終子ちゃん。君……傘は持ってるのかい?」 「!」 「一緒に帰ってくれるなら傘貸してあげる!」 「こ、小癪な真似を…!」 ギリギリと歯軋りしながら、頭で算用する。 濡れて帰るのはあまり得策ではない。風邪を引くかもしれないし、制服を洗わなきゃならないし、ローファーを乾かさなきゃならないし、寒いし。 だからといって諸星と一緒に帰るなんてのも言語道断だ。……しかし。 今日は雨なのである。そして、傘を貸してくれると言っている。 それの意味するところはというと、自分と諸星の間には傘によって確実に一定の距離が保たれるということだ。 答えは出た。 「って、何故同じ傘に入ってくる!!!」 「だから、傘半分貸してあげてるじゃないか」 「…たばかったな…!」 「冷静になれよ、終子」 「ふざけるなっ! …こんなんなら一人で帰る!」 傘を出ようとしたところを、腕を掴まれた。 「放せっ」 「だめだよ終子ちゃん。こんな中歩いたら風邪引くよ」 「傘がないんだから仕方ないだろう!」 「だったらこれ使ってよ、俺濡れてもいいからさ」 そういって傘の柄を持たされて、諸星が傘から一歩出た。 「ばっ――ばか、諸星の傘だろうが」 あわてて傘を諸星の上に戻そうとしたら、更に一歩逃げられた。 「だめだめ。終子ちゃんが濡れて帰るのは嫌だからね」 「ばか、おまえが風邪引く」 「いいってば」 「――っ…もう、分かった、一緒に入っていいから!」 にこっ、と笑った顔を見て、しまった――と思うが、もう遅かった。 「やっさしいなー終子ちゃんは」 隣に入ってきた諸星が肩に手を置いてきた瞬間に後悔しても、あとの祭りである。 もう二度とこいつに甘い顔は見せまい、と心に刻みつつ、今は肩に置かれた手をきつく抓るに留めた。 おまけ 「そういえば今日誕生日でしょ、終子ちゃん」 「なぜしっている」 「終子ちゃんのことなら何でも知ってるよ〜」 「気色悪い」 「誕生日プレゼント、何欲しい?」 「いらん」 「素直じゃないんだから〜」 「おまえに借りを作るくらいなら死んだほうがマシだっ」 ×
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