「高校の面々は元気ですか」 「ええ、家がサクラ先生たちの新居の近くだからたまに遊びに行くのよ」 「そうなんですか。楽しそうですね」 「そうなの。先生、結婚して保険医はやめられたけど、相変わらずとっても綺麗なのよ。かわりに竜之介ちゃんが先生になって友引高校で担任やってるの、すごいでしょう」 「へえ…では依然あの親父さんは学校に住み着いているんでしょうかね」 「そうみたい。竜之介ちゃん達のおうちにもよく邪魔してるようだけど。あの親子喧嘩、学校の名物なんですって」 話していてもおかしくて笑ってしまう。本当にかわらない。 あとは…。高校時代の騒がしかった面々の顔を思い浮かべる。 「メガネくんは映画監督になるとかなんとかで放浪生活してるみたい。あんなにバカやってたコースケくんもちゃっかり大手の銀行マンになっちゃったし……みんな頑張ってるわね」 「あの馬鹿はどうですか」 「え? ……ああ」 そうだ、彼のことをすっかり忘れていた。どうしてだろう、一番印象的な人物だったのに。 そうね、でもきっと―― 「あたるくんはね。……相変わらず、よ」 にっこりと笑いながら答える。その笑みにはすこしの苦々しさも込めながら。 相変わらず、というのはつまり、――相変わらず、だ、文字通り。 彼やその周辺のぱちぱちと瞬きしたくなりそうな彩りの日常は、いつまでも変わらないんじゃないかと思うほどに、昔のままだ。 迷惑千万……といつも思いながら、なぜだかそれにすごくすごく救われているような気もするのだ。 諸星あたるという人物のことを最後まで思い出せなかったのは、きっと昔と今の像に全くブレがなかったから。 「相変わらず……ですか」 笑いながら、じゃり、と音を立てて高そうな革靴が小さく地面を蹴る。 そして目の前の通りの人や往来のほうをぼんやりと眺めた。 釣られて私も同じ方向を見てみたけれど、でもきっと面堂くんは私と同じものは見ていないのだろうと感じた。 「正直時々、羨ましくなりますよ」 ポケットに両手を入れていても、横から見ると面堂くんの背中はあいかわらす真っ直ぐだ。 遠くを見て笑うその横顔越しに向こうで空がオレンジ色に染まっている。 そういえば靴底を擦ったりポケットに手を入れたりなんて、私の知ってる彼はあまりしそうの無いちょっとお行儀の悪い仕草だ。 「何言ってるのよ。面堂くんほど、世の中の人に羨ましがられる人ってそういないわよ」 これは本当のことだ。でもなぜか言いながら私は、面堂くんを慰めてあげているような気持ちになった。 はは、とまた小さく笑って、 「それもそうかも知れない」 とつぶやく顔はでもやっぱり悔しくなるくらいイイ男だった。 腕時計をちらと見た彼に、引き止めてしまったことを詫びてから夕飯の支度もあるしという旨を述べてこちらのほうから別れの挨拶を切り出した。 車に乗り込む直前にまで 「では、また」 と爽やかな笑顔を見せ付ける技はさすがは今を時めくイケメン若社長だ。 バタン、と扉が締め切られると窓ガラスは黒く反射して何も見えなくなる。 きっともう笑ってないんだろう、と、確信に近い気持ちで思った。 しめて、ものの5分くらいの道草。 夕陽に背を向けて、帰ろうと長く伸びた自分の影を踏んだとたん、ついさきほどの彼の横顔が脳裏をよぎった。 彼ほどの人物が、あたるくんのことを羨ましい、と言った。 普通の人間ならとうてい理解できないだろう。 でも私にはなんとなく、分かる。――分かるわよ、面堂くん。 きっと失ってきたのだ。いろいろなものを。そして諦めたのだろう。 誰だってそうだ、生きていくうえでそうするしかない、当然のこと。 だからこそ、苦もなくあっさりと変わらないものがあると見せ付けてしまう彼のことがきっと羨ましくて憎くて、たまらないのだ。 最後に見た彼の後ろ姿はやっぱりどこか、寂しそうだった。 昔も今も欲しいものはなんでも持っている彼のことを、はじめて可哀想だと思ってしまった。 (……さあ、早く帰らなきゃまたぐずりだしちゃうわ。) そろそろ腕にこたえてきたぱんぱんの買い物袋を持ち直して止めていた足を動かす。 前を向いた視界にはいった巨大スクリーンの中でつい今しがた横にいた同じ笑顔が笑っていた。 ×
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