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「…ダーリン」

静寂ばかりが通り過ぎていく廊下の片隅で、校門を見下ろす窓に背を向けたラムが顔を赤らめる。
ぷっくりとした桃色の唇が扇情的なほど緩慢に動いた。

「最近どうしたの?」
「なにが」
「前は学校でなんて絶対してくれなかったのに」
「嫌?」
「…、なわけないっちゃ」

ね、もう一回…そう言いながら近づいてくるラムの瞳が睫の影に隠れて見えなくなる。
押し当てられた弾力のある感触を少しずつずらして、ちょうどいい角度で隙間から舌を滑り込ませる。
分かりやすい反応でその身を捩じらせて、制服の胸元を掴んでくる手に力が込められる。
絡み合う舌の先がぴりぴりと痺れるのは、恍惚を感じると無意識で放出してしまうらしい電気の先走りが流れ込んでくるだけで決して俺の性的興奮によるものではない。

(……馬鹿な女)

お望みどおりに好きなだけ啼かせてやっても構わない。ただしそれは、お前が欲しいからじゃない。


後頭部からくしゃりとかきあげた青緑色の鮮やかな頭を越えた窓の向こう、校門前に立つ人物を見据える。
白い制服に赤い腕章。そして黒い瞳は数十メートル先から紛うことなくこちらを――――俺を、見ている。

卑猥なほどねとつく音をわざと立てるように狭い口内を舌で弄る。

「ッあ…ん、ダーリン…」
「…なに?」
「もっと…欲しいっちゃ…」

しなやかな白い手首が鎖骨をのぼって首に絡みつくように回された。
送り込まれる唾液を酔いしれるように嚥下しながら吐息を熱くするラムの頭をやさしくやさしく撫でて、一束とった長い髪を指に摘んで窓ガラスに手をつく。

「今はだめ。家帰ったら、な」

甘い声を耳元に吹き込みながら、視線はガラス越しの獲物から決して離さない。
こんなに離れた3階からでもはっきり分かるほど強く、黒い瞳に込められた怨憎と嫌悪。


――――どうだ、羨ましいか、面堂。
俺が嫌いで憎くて妬ましくて嫉ましくて、たまらないだろ。
ラムの唇も耳も目も髪の一本までも、手も足も胸も心も全部こんなふうに、俺の思い通りにできる。
言葉ひとつで魂を落とすことだって、指一本で全身から力を奪ってしまうことだって。

羨ましいんだろ、妬ましいだろ。
激しい感情を秘めた視線を受け止めながら、ラムの頭をかき抱いて王者のように見下ろし返す。



お前の気持ちがラムに向かってることは知ってる、だからこそわざわざこんな回りくどい手管を使うのだ。
もっともっと見せ付けてやるよ。それで、もっともっともっと俺を嫌いになって憎しめばいい。
大嫌いになって大嫌いになって大嫌いになって、俺への怨恨で破裂しそうになったらそのときは、こんな女さっさと捨てて抜け殻はお前にくれてやる。きっとそのときにはお前だってラムのことなんて考えていられない。
大きなベクトルは方向さえこちらに向いていれば、その感情の名前を書きかえるのなんて容易いことだ。


「ん…ダーリン、はやく帰ろ…」
「そうだな」
「…ダーリン…愛してる」

抱きしめるふりをして、見上げてくるとろんとした眼からのがれる。
酷いことをしているという意識はもちろんある。誰に? ラムにか、面堂にか、果たして双方に、か。
腕を組みながらいまだに冷たい炎を燃やすかのように向けられる鋭い視線に、肺の底から湧き上がる興奮が抑えきれない。
ゾクゾクする。もっと見せろよ、俺への執着を。

ラムの耳元に唇を近づけながら、別の人間の体温を想像する。

「俺も、愛してる」

どんな声で欲しがるのか、どんな顔で啼くのか、どんな動きで誘うのか――ラムに触れながら頭が映し出す映像はいつも決まった違う人間の媚態だ。
きっといつか手に入れる。そのためならどんな手段だって、いとわない。


ガラス越しにもう一度黒い瞳に標的をあわせる。本当はいますぐにでも撃ち抜きたいけれど実弾はいつか来る日にとっておくのだ。

















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