夏 | ナノ















「っつーかさあ、この年にもなってウンドーカイとか」
「めんどくせーにもほどがあるって」
「あちーしな」
「あたる、サボんないの? めずらしくね?」
「んー……」

運動会っていうか、体育祭だよな、この年なら。
とかどうでもいいことを思いつつ、煮え切らない返事をしておく。

























……炎天下。暑い、とにかく暑い。そして雲は眩しくて、空はどこまでも青くて、暑くて、そして暑い。
まさに体育祭のための日といった風情だ。

「あ、次、女子リレーじゃん」
「まじで! おごそかに観賞といきますか」
「おいコースケ、双眼鏡貸せ」
「オレ使うから他の奴に借りろよ」

サボらないとはいっても、そんなお日様の下熱心に応援に励んだりなどするわけもなく、
出番近くなるまで校庭を見下ろせるひんやりとした廊下に数人でたむろしている。

「あたるー貸してー」
「無理」
「即答かよー」

あぶれた数人が後ろであの深田の豊満な太もも!とか星野の蠱惑的なボディーライン!!などとたわけたことをわめいている。
対照的に窓際に寄りかかってレンズを除く数人は到って真剣だ。
なんといっても、対象は動き回っている。
最高の瞬間を見逃さないためには、一瞬たりとも気が抜けないのだ。

「豊作豊作……」

コースケが隣で独り言を言っている。
横目に見ると、いまにもよだれとたらしそうに口元を緩ませている。
まったく、どうしようもない男だ。

「あっ、面堂の奴があの小倉と仲良さげに話して……おいっ、ボディタッチしたぞ!今!!」

……あやうく双眼鏡を取り落とすところだった。
危ない、これ高かったんだからな。

「おいっあたるも見ろよ!!」

コースケが息ごんで言ってくる。
後ろの奴らもどやどやと窓際に押しかけて外を覗き始めた。

「うるさい、女の子のふとももがいっぱい転がってんのに誰が好きこのんでヤローを眺めなきゃいかんのじゃ」

俺は手元を動かそうともしない。
……当たり前だ。
だって、さっきからずっとそのヤローにピントが合っている。

「おいふざけんなよあいつー」
「優子りんも実行委員だったもんな」
「俺も委員やればよかった」
「いやー、さすがにこの炎天下走り回るのはなあ」

無言でまたレンズを覗き込む。
キラキラ光るロングヘアを高い位置で束ねた学年でも屈指の人気を誇る女子が、顔をほてらせながら面堂と2人で談笑している。
なにしろ暑いから、ジャージなんぞ着ているやつはほとんどいない。
運動着のTシャツに、女子はブルマだし男子は半パンだ。
素の色が白い面堂は、腕なんかはやけているとはいえ、普段陽にあたることの少ない首筋や二の腕は女子と比べても白いくらいだった。
見ているとなにやら雑談は終了したらしく、女子は手を振って向こうに行こうとしている。
手を振り返した面堂が、その足元を見て何か叫ぼうとした。

(――――あっ…)

女子の足元に、次の障害物走のコース用のロープがピンと張ってあった。
ちょうど、そこにつま先を引っ掛けている。

「危な―――」

思わず身を乗り出した次の瞬間、回り込んだ面堂が抱き寄せるようにしてその女子を自分のほうに倒れこませた。
自然、女子のほうから面堂の胸に飛び込んでいったような体制になる。
その子は女子のなかでも細くて小さいほうなので、男子にしたら華奢なほうの面堂でも頼もしく見えた。

「――」
「どした、あたる」
「や…………何でもない」
「何だよ。あ、次、アンカーでラムちゃん出るぜ」
「ラムさんのブルマ姿はやっぱ最高だな」
「あ、そ」

軟派な奴らの興味は既に他に移ってしまったようで、今の小さな事件を目撃したのはどうやら俺だけのようだった。
なんてことはない、ただの普通の出来事だったのだけれど。
そう思おうとしても胸に残るモヤモヤはなかなか消えず、むしろ増長していくばかりだった。
顔を赤らめて恥じらうそぶりを見せながら、面堂にぺこぺこと謝るかわい子ちゃんと、冗談みたいに爽やかな笑顔で応対している面堂。
校庭のギャラリーもアンカーの接戦に夢中で、そんな二人の様子には何の気も払っていない。



(――なんか、むかつく)

胸のうちを率直に言葉にすると、そうだった。

何で俺は、輝く四肢を夏の太陽のもとにさらけ出している女の子たちがひしめき合う中で、奴の姿から目を離すことができなかったのだろう。
目を離せなかった、というより多分……レンズを覗いた瞬間から、ただ一人の姿をさがしていた。無意識に。


(何考えてんだろ、俺)

胸の奥がこげ付くような不穏な感覚に、戸惑う。
何だ、このイライラみたいな胸騒ぎは。

さっきの女子に愛想よく手を振ったすぐ後、今度は男子の2人組が近くにやってきて3人での雑談が始まったようだ。
何を話しているやら、時々軽く叩き合いながら楽しそうに笑っている。
面堂が首を回す度、傾げる度、白すぎる肌がちらりと見えてどきっとする。
……同時にチリチリと焦れるようなイライラが募っていく。



(つか、…肌、出し過ぎ)


白い肌が、真夏の日のもとで浮きあがるほどに光っている。
あんな白い首筋や腕、こんな太陽の下で無防備に見せびらかして、何考えてんだよ、馬鹿。
こんな遠くで見てても、いますぐ噛み付きたくなるくらいに白い。
焼けるだろ……っていうか。


俺が妬けるんだけど。







「〜〜〜っ…」

――うっわ、何考えてんの俺。
思わず口許をおさえた。
自分の顔がすごく熱いのがよく分かる。
ばれていないだろうかと周りを意識してはじめて、いまアンカー対決で校庭もこちらも大盛り上がりなことに気が付いた。

「あたる、嫁が5人抜きしとるぞ……って、何してんの」
「いや、何でも…」
「さっきから挙動不審だぞ、お前?」
「何でもねーって」

隠そうにも色に出てしまう微妙な表情に気付かれないように、双眼鏡をもった両手で頭を抱えた。


……挙動不審、に決まってる。
だって、最近すっかり、ただ一人のこと以外興味がないのだ。

自分でもそれと気付かないうちに馬鹿みたいな嫉妬をしていたなんて。
今は見ていたけれど、俺のいないところでも誰かがあの肌に触れているなんて、想像するだけで胸がざわざわする。
許せない、とさえ思う。
最近の俺はすこしおかしいんじゃないだろうか。





リレーは大詰めらしく、周りの奴らがみんな窓に寄ってきたせいでずいぶん狭くなった。

「おわっ、ラムさんがんばれ!」
「足、誰か前の奴に足かけろ! 」
「抜かせーー!」

喧騒に紛れて、窓枠に片頬杖をついて隙間からそっと面堂の様子を伺った。
さっきまで笑い合っていた3人が、今はリレーに見入っている。
2人の男子が飛んだり跳ねたりしててんでんに何やら叫びながら見ているその横で、面堂は腕を組んで真剣な眼差しでコースを見ていた。

双眼鏡で見なくても、浮かんでくるように分かった。
その額には汗が滲んでいて、真っ黒な瞳はどこまでも真っ直ぐで、縁取る睫毛は瞬きをする度に光の粒を弾いて散らせている。




――――さらえたらいいのに。
なんて、急に思った。









その瞬間、突然ドッと耳に流れ込んできた周りの騒音に面食らう。
「いよっしゃあああーーー!!」
「ラムちゃん結局6人抜きじゃん」
「男子も勝ったら俺5000円勝ちだからな!!」
「いやー男子は無理だろ」
「ラム様ラム様ラム様」
「しかしいい目の保養になったな」
「女子リレー最高!!」
「そうです、あのコが僕の畏敬する天使様なのです」


……あ、リレー勝ったのか。
周りの友人たちのほうを見ると、皆賭けのおかげで異様に盛り上がっていたようだった。
そういや、俺もなんかてきとーに賭けてたよーな……。


「あたる、お前確か女子負けに入れてたよなー」
「マジ? 2000円は負け確定か、ご愁傷様」
「え? 俺? マジで?」

全く覚えがなくてぽかんとしているところに、コースケが慌てた様子で肩をたたいてきた。

「あたる、俺ら次出番だぜ」
「ん?」
「障害物」

あ、俺、障害物走出るのか。

「って次ってもう始まんじゃん」
「だから慌ててんだろ。早くいくぞ」


双眼鏡を適当に誰かにパスして、コースケについて階段を駆け降りた。
パタパタパタ、と小気味よい音が二人分、どこか湿度高めの日陰の階段に響く。
校舎裏から、蝉の喧しい声がする。
別に間に合わないなら間に合わないでいいんだけどな。
……そしたら委員に叱られるか。
さっきの面堂を思い出す。
あの一瞬、突き刺すように湧いてきた自分の感情も。


――――俺以外の誰の目にもふれない、誰にも触れない場所に、閉じ込めておけたらいいのに。そんな秘密の場所まで、奪って逃げていけたらいいのに、と。

それは夏の陽射しのような一瞬の鋭い感情で。
次の瞬間にはそんなことを考えた自分に呆れた。

(……やっぱ、どうかしてるよな)




「今日まじ暑くね?」

コースケが前を向いたまま話しかけてきた声で意識を呼び戻す。

「まじ暑い」
「こんな中走りながらフラフープとか跳び箱飛ぶとか無理だろ」
「負けたら暑かったせいってことで」
「名案だな」



――そうだ。
自分でも言いながら名案だと思った。
全部、暑さのせいにしてしまえばいい。
変なことばかり考えるのも、目が何故かある一人のことを追ってしまうのも。
全部全部暑さのせいだ。
奴が自分にとって何なのかも、暑さのせいで分からないから今は曖昧なままにして。
気付かないふりはもうできないから、せめてもの、分からないふり。

夏の暑さにうかされてみるのも悪くないかもしれない、そう思いながら、階段を蹴り下りた。











[close]






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -