校庭に面した窓からは、生徒たちの声やホイッスルの音が遠く聞こえる。 小さく開いた隙間から入る風が思い出したように時々、カーテンを微かに揺らした。 (……嘘みたい) たった今、自分の目の前に、自分の思い人が眠っている。しかも2人きり。 (帰らなくてよかった…) あと、薬瓶を割りまくったりしなくてよかった。 もしその音で面堂くんを起こしてしまって、そんな現場を見られていたら……。 思わず身震いしたくなる。 想像するだけで恐ろしいわ。 眠っている面堂さんは驚くほど邪気がなくて、まるで幼い子供みたい。 それにしても見れば見るほど綺麗な顔立ちしてるのね。 女の私が嫉妬したくなっちゃうくらい。 高くて綺麗な鼻とか、長いまつげとか、お肌なんて白くてとっても綺麗… なんだか微動だにせずに眠っていると、生きているか心配になっちゃうわ。 (……ほんとに呼吸、してるかしら) 確かめてみても、いいかな。 それは小さな小さないたずら心。 だってこんな状況だもの、少しくらい、ズルしてみたって良いでしょう? パイプ椅子が、動いた反動で小さく音を立てる。 ベッドに手を置くとスプリングがギシリと鳴った。 (……っ起きませんように…) まるでいもしない神様に祈るみたいに。 切実な願いが緊張とあいまって、心臓の音がやけに煩い。 この音で目が覚めてしまうんじゃないかしら。 額に落ちた前髪が、私の吐く息で小さく揺れる距離。 呼吸を止めて耳をすませると、確かに規則正しく呼吸をしているのがわかった。 (…ま、当たり前よね) それこそ、もししていなかったら一大事だわ。 でもその当たり前の呼吸がたまらなく愛おしかった。 「…面堂さん」 声になったかならないか、本当に本当にかすかな声で名前を呼ぶ。 (目が覚めてしまったらどうしよう。) (お願い、その目を開いて私のことを見て。) 相反する感情が自分のなかでせめぎあってめちゃめちゃになっている。 そんなことは露も知らずに目の前の彼はおかしな夢でも見たのか一瞬繭を顰めただけだった。 ほっとしたのも事実。でも、少しがっかりしたのも事実だ。 …本当は分かってる。 いまは閉じられているこの綺麗な瞳が、私だけをまっすぐに見つめる日なんてきっと来ないってこと。 いつだって彼は、私じゃない人のことばかりを見つめている。 明るくて無邪気でキラキラ輝いていて、誰のことも魅了してしまう彼女のことを。 私はただ、分かっていて追いかけることしかできない。 だって仕方ないじゃない、それでも側にいたいんだもの。 側にいたい、側にいられればそれでいい……なんて自分に言い聞かせながら、心の奥底では、彼のあの力強い視線が私を射抜くように見つめる瞬間を夢想せずにいられない。 それは虚無感を増長させるだけの不毛な妄想だ。 それでも願う心をとめることは、わたし自身にだってできやしない。 むしろ、とめられたらどんなにいいかと思っているのに。 (可愛い女の子にこんな思いさせるなんて、何考えてるのよ) 憎しみさえこみ上げてくる。 だってどうせ私の気持ちなんてとっくに知ってるくせに。 でも嫌いになんてなれるわけがない。 だって好きなんだもの。 「……面堂さんの、ばか」 横髪を耳にかけて、白い額にそっとキスを落とす。 (ほんとにばかね、わたしって) |