熱 | ナノ








「ごめんってば」
「……」
「んな怒るなよなー」

保健室のベッドで冷えピタ貼って寝てる俺が、すぐ脇にあるパイプ椅子に座りもせず腕を組んでむすっとしてる面堂に平謝り。さっきからずっとこんなんだ。












風邪をひいた、らしい。
俺自身はなんかちょっとフラフラするなあってくらいでこの程度なら全然平気なんだけど、着替え終わってこれから体育ってときに面堂が
「ちょっと来い」
とかいって手引いて人の通らない廊下に連れ込むからこいつも大胆になったなとか思ってたらおもむろにひんやりした手を額にあててきて、
「やっぱり…」
顔をしかめたと思ったら何故かそのまま有無も言わさず階段を降りて保健室に連れて来させられた。

「おいなんで保健室なんだよ、おい」
「失礼します」
「おいってば、手離せ手!」
「先生は…いないみたいだな。とりあえず……」
「聞いてんのかタk…むぐっ」

声をあげた俺の口の中に細い棒状の冷たいものが差し込まれて抗議はむげに取下げられる。

「音鳴ったら出してみろ」

えっとあとは…とか言いながら面堂は薬棚や冷蔵庫を勝手に漁っている。一体なんだってんだ。ペンか何かかと思って口から取り出したそれは体温計だった。

「なんだよこれ! 俺別に熱とかないし!」
「ばか、出したらだめだろう! いいからくわえてろ!」

なかば無理矢理その体温計をべろの下に差し込まれる。

「あと、これもだ!」
「まだなんかすんのかよー」
「いいから黙ってこっちを向け」

こういう台詞、こういう状況じゃなければ大歓迎なんだけどなあ…。しかたなく体温計の先を口から出してゆらゆらさせながら面堂のほうを向いて制止する。前髪をいつになく優しくのける指先が額にちらちらとあたって、冷たくて心地良い。
ぺた。

「うわっ」

つ、つめてっ! 思わず飛びのいて額に触れると何か張られている。

「冷えピタ!!」
「とりあえずこれでいいだろう。……あ、鳴ったな」

ピピ、ピピ、と小さな電子温が鼻先から聞こえた。ゆらゆらさせている体温計の先を面堂が摘んで取り出した。
「……」
小さな液晶を見たとたんさっと顔色が変わった。もちろん良いほうにではない。

「……どう?」

おずおずと聞くと、じろりと上目に睨まれた。

「なんでこんな熱で無理したんだ、ばかっ!」
「いやべつに無理してないし…」
「いいからさっさと寝ろ! いますぐ寝ろ!!」
「はあ〜?」

追い立てられるようにベッドに向かわされて上履きを脱がされて寝かされて蒲団をかけられた。……こういう状況じゃなければ以下略。



「まじ意味わかんねーしー…」

ぱふ、と掛け布団を叩きながら不満げに言うと、
「意味が分からないのはこっちのほうだ」
面堂が呆れたように続ける。
「39度近くも熱があってどこがどう平気なんだ。どーせ次の体育は女子マラソンだからブルマ姿が見れるからとかそんな理由で元気だったんだろうが…」

図星すぎて怖い。
面堂のお小言はまだ続く。

「大体、そんなに体調悪いなら昨日だって早く帰したのに」
「昨日おまえんちから帰るまではなんともなかったんだよ」
「じゃーいつ熱なんて…はっ!」

口許に手を遣って考えていた面堂が何かに気付いたように目を見開く。
あ、やっべ、墓穴掘ったかも。

「お前、やっぱり昨日傘持ってなかったんだろう!」
「あー……うん」

っていうかむやみやたらに勘が良すぎるんだよ、困る!

「だから車を出さすと言ったのに!」
「だって…送ってもらうなんて彼女じゃあるまいし」
「はあ……やっぱり無理矢理にでも車に乗せるんだった」

面堂が顔の片側を手で覆って溜息をついた。

天気予報なんて見るわけないお前がにわか雨で傘持ってるなんておかしいと思ったんだ…車が嫌なのもそもそも理解できないけどそうだとしても傘がないなら言えばよかったものを…いらない傘なんて100本はあるのに…やっぱり無理にでも車に乗せればよかった、っというか、ベッドでうとうとしてる間に一人で勝手に着替えてじゃあ帰るからとか言われたから半分寝ぼけててちゃんと考えられなかったんだ、普通あんな状態で一人で帰るか? だいたいおまえはいつもいつも……

止めなければ永遠に続きそうだった。
とりあえずこのエンドレスぶつくさを断ち切ろうと思って、

「…ごめん」

と蒲団に顔を半分埋めながら言ってみた。

「……」
「ごめんってば」
「……ゆるさない」

なんで俺がこんな怒られなきゃならないんだ。






確かに嘘はついた。
昨日のすでに遅い夜分、ベッドの半分でまどろんでいた俺の耳に遠い窓からぽつぽつと水の音が届いた。
当然傘なんて持ってなかった。
雨雲でうすら白く覆われた夜空をみると朝までに止みそうにない。どうやらまだ降りはじめのようだからとっとと帰るに限ると思った。
片手で急いで乱れた着衣を直して、上に載せた頭をできるだけ動かさないようにそっと腕を退かした。
明日の朝までいるつもりだったんだけどなあ…と寝顔を眺めながらおろされた前髪を指でちょいとつまんでみたりしていたら後ろ髪を引かれたが、僅かずつ強まる雨足を聞いてふんぎりをつけて、目元に軽くキスをした。

「ん…もろぼし?」
「あ起こしちゃった。俺帰るから」
「もうあさ…?」
「まだまだ。寝てていーよ」
「……あめがふってるな」
「傘あるから大丈夫」
「…くるま…を」
「いいから。寝てろって。」
「んー……」

重たそうな目元に手を翳して瞼を下ろさせた。
それでそのあと雨のなか走って帰ったのである。
俺の罪はそれだけだ。とってもささいな嘘ではないか。









「……どうしたら許してもらえんの」

ごめん、ゆるさない、の応酬を500回くらい繰り返してやっと話を進展させる気になった。さすがに喉が痛くなってきた。

「早く治せ」
「んなの、今すぐ治せっていうほうが無理!」
「じゃあ、僕に移せ」
「はあー? やだよ」
「なんで!」
「なんでって……」

一番大事な人間に風邪をひかせたいと思う男がいると思うか?
……なんてまさか言えるわけがないので、蒲団を鼻まで引き上げて黙る。

「……分かった。そっちがその気ならもういい。」
「え」

愛想つかされたかな、なんてひやっとした俺は3秒後に自分自身を笑うことになる。
するりと蒲団に潜りこんできた面堂が俺の両肩を掴んで
「観念しろ!!」
とか言って“口移し”を強行しようとしてきた。
「はあっ? ちょ、ま、おまえ何やってんの、やめろって!!」
ジャージに短パンという動きやすい身なりが功を奏したか、ベッドの上で掛け布団も絡めてもみくちゃになりながらのがれまわっていたら

「―――あっ」

どてっ。渾然一体のままベッドから落ちた。

「いてて…お前なあ、一応病人だぞ俺は」
「諸星が意固地だからだ…」
「…なんでそーなる」

打った頭をさすりながら目を開くと上からどこか申し訳なさそうな瞳がこちらを見つめていた。

「…ったく」

素直じゃないのはお互い様、か。

「本当に移ってこじらせても知らねーからな」

頭を抱えて引き寄せながら、ゆっくりと上下の関係を転換させる。

「…だからむしろそうしろと言ってるのに」

縺れあったままの生身の足がどちらからともなく焦れるように擦れあう。重ねるキスがいつもより熱いのは風邪のせいだけじゃない気がした。











(お題:キスで全部忘れるから)




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