「あ…」 なんとなく、予想はしていた。 もしかしたらいるんじゃないかって。 そしているとしたらそれは100%、一人でいるだろうと。 もし本当にいたら、嬉しいようなやっぱり嫌なような、ってまあ、いるかいないか分かりもしない段階でそんな複雑な感情抱いてんのもちゃんちゃらおかしいよなとか考えつつもやっぱりちょっと期待しながら教室のドアのガラス窓をのぞいたら、本当にいた。 やっぱり一人だった。 何をするともなくただ余った時間を消化するだけのためにそこにいる、といった風で、片頬杖をついて窓のほうをぼんやりと眺めている。 まるで誰かを待っているかのように。 思い切りよく扉を開けると、すぐにこっちを見た。 こっちを見て、対象を確認したあと小さく表情が変化したのが分かる。 (……ま、そーだろーよ) なんとなく想像していたとはいえ、目の当たりにするとなんというかまあ、やってくれるなコイツという気分だ。 「コースケか」 「携帯忘れちってさー。あったあった」 話しながら面堂の席の脇を通って、自分の机のなかから赤いケータイを取り出して見せてみる。 「傷だらけだな」 「だろー。そろそろ俺もスマフォにしてーんだけど金ないんだよなー」 「ほう」 「面堂携帯あれだっけ、あいほん」 「いや。今はこれだ」 面堂が鞄から出したのはauの最新機種だった。 ケースにも入れていないままのそれはまだ新品同様で傷1つない。 「あー、アンドロイドじゃん。いーなー。っつか替えるの早くねー」 「叔父上が新しいものが出る度に買ってくるのだ……僕だってまだ操作も覚えていないうちから変えたくはないのだが」 「イヤミかこんにゃろーぼんぼんめ」 「僻むなよ貧乏人」 あいかわらずイイ性格してやがる。 「ちょっと見してよ」 「コレか?」 面堂が手に持った携帯を軽く上にかかげる。 それ、と一度頷くと、取りに来いというようにそのままの位置でその腕が止まった。 (女王さまかっつーの) 数歩すすんでその携帯を拝借する。 「うわっすげえ画面綺麗じゃん」 「そうか?」 「意外と軽いんだー」 「普通だろう」 「つかこれ、電話できんの? 口まで届かねーじゃん」 「できなければ携帯電話じゃないからな」 「面堂って電話とかすんの?」 「毎日かかってくる」 「へえー。誰から? 女?」 「……まあ」 含みのある返答に、へーえとだけ返しておく。 なんつーか、見せつけてんのかなこいつは。 指で撫でると変化する多彩な画面に一通り感心してから「ありがとー」といって返すと何も言わず鞄にそれをまた仕舞い込んだ。 こいつ上背あるから普段は分かんないけど、座ってるの見下ろすとほんと睫毛長いし髪柔らかそうだしいい匂いするから、なんか変な気分になる。 ……って煩悩煩悩。くそ、面白くねーよなあ……。 面白くないからちょっとからかってみることに決めた俺は、面堂の鞄のなかを大仰にのぞき込む素振りをした。 「おやっ。面堂くん今年は不作じゃん」 「?」 なんのことだと言いたげに黒い双眸があどけなくこっちを見上げた。 「チョコだよ、ちょーこ」 「ああ…」 納得してしまえばまた瞳は涼やかに伏せられた。 「持ち帰るのが大変だから取りにこさせた」 「へえええー。去年はあんな見せびらかしてたのに」 「……見せびらかしてない。目立ってしまうだけだ。」 「へえええー?」 「……」 にやにやと笑うと白い頬が膨らむ。お。むすっとしてる。 「で、面堂チョコはもういっぱいもらったのに誰待ってんの?」 「……別に誰かを待っているとは言っていないだろう」 「へえええー。そんなこと言っちゃっていいんだ?」 机に手をついて顔を覗き込むと、むすっとしたポーズは保っていたがその表情に動揺が走ったのが分かった。 「……何が」 「いやー、あいつって実はすげー独占欲強そうだから」 「な」 「もらったチョコ隠してんのだってあいつに気使ってんでしょ? ほんと嫉妬深いというか」 「な、何の話――――」 「気付かないとでも思ってんの? あいつ、俺と面堂が喋ってるだけですっげー睨んでくるしね。よっぽどじゃん。こんなとこ見られたら大変だよね」 「……コースケ――っ」 喋りながら髪を触って徐々に顔を近付けて見ると、みるみるうちに綺麗なお顔が顔が赤くなるやら青くなるやらで面白がっていたから、自分も面堂も足音に全く気が付かなかった。 「……何してんだよ。」 声に顔を上げると教室の入口に凭れて腕を組んでこちらを睨みつけている男が一人。 「あ、あたる、今年はチョコもらえた?」 3年生になって隣のクラスになったあたるとは少々疎遠にはなったが、面堂がいるから何かとかこつけてこの教室にやってくるので顔は毎日合わせる仲だった。 「ふざけんなよ」 普段の調子の質問はすっかり無視されて敵愾心バリバリの返事をされる。ちょっと怒りすぎじゃないのーあたるくんたら。と冗談でも続けようかと思ったが、つかつかとこっちに歩いてきた彼は反対側から面堂の腕をとって「帰るぞ」と引っ張って(その間中ずっとこっちを睨みつけたまま)、わたわたと鞄を持ち直しながらこっちのことなんてすでに眼中にない面堂を連れてそのまま教室を出ていってしまった。 突如静かになった教室に立ちすくむ。 「……いやー……、見せつけすぎでしょー」 はは、と笑いながらさっきまで面堂がいた椅子に力なく座り込む。木製の椅子はまだ暖かかった。 (……分かってたとはいえ、) ついさっきここにあった携帯を手にしたあの指も香りたちそうな耳元も長いまつげも見上げてくる瞳も、すでに全部が他の人間の――しかも自分の親友のものなのだということなんて、自分にはとっくのとうに分かっていた。というか、俺からしたら隠す気あんのかって感じでダダ漏れに見えるけど。 それもまあ面堂の側にいるからなのかな。 (分かってたとはいえ、結構) 「あー……きっついな」 机に倒れ込むとこめかみに木の板が冷たくて心地よい。ああなんだこれ、結構ガチじゃん俺、泣きそうなんですけど。 なんで高校生活至上チョコ回収率最高の今日の日に――――恋人たちのバレンタインだっていうのに、つーかこの後デートなのに、なんでこんな激しく打ちひしがれなきゃいけないんだ、俺って男は…… ガラスのような恋だとは 引っぱられるままに廊下を下って昇降口まで歩いた。 終始、無言。 怒っている――の、だろう。 しかし自分は何も悪いことはしていない。し、大体、放課後になってから「教室で待ってて」なんて有無を言わさぬ一言メールが届いたから仕方なく30分以上も待たされてやっていたのに謝罪の一言もなし。これはなんと言おうとこちらに非はない……はずだ。コースケとだってただ喋っていただけで……何やら不穏当な発言内容もあったような気はしたがまあ大方あの男の言うことは過ぎた悪ノリの冗談と思っていい。この状況で一方的に気分を害されるなどもっての外ではないか。むしろこれはこっちが被害者だと主張しても良いのではないか? 沈黙に耐えながら、脇腹に力を入れて気を入れる。 そうだ、自分は何も悪いことなどしていないのだから、怒りをぶつけられたらこっちこそ反論してやれば良いのだ。 終礼から30分以上も立った下足箱付近はがらんとしていた。下級生は一つ下の階に入口が別に設置されているのだ。こんな巫山戯た学校でも受験シーズンの3年生はさすがに皆帰りも早くなるのだろう。 自分のクラスとその隣の諸星のクラスは、下足箱が対面に置かれている。小さく振り払うようにその前で腕を離した諸星は、黙って自分の箱の蓋を開けた。それに習って自分もちょうど向かい側の同じくらいの場所にある所定の箱を開ける。 「……はっ」 他のことに気を取られていたので気構えをしていなかった。蓋が空いた途端、決壊するように中に入った色とりどり(全体的に赤み多め)の包装された箱がボトボトと足元に落ちてきた。そうだ、下足箱の中は朝回収しただけで、忘れていた。 落ちたものを一つずつ拾い集める。ああせっかくいただいたものを……という申し訳なさと、背中の気配の恐ろしさ。全て回収しきったかと思って顔をあげると一つ離れたところまで転がってしまった緑色の小さな箱を見つけた。取りに行こうと思う前に端から別の手が伸びた。 「ほら。まだあるぞ」 拾いあげた彼がそれを自分に突きつける。 「あ……ああ、すまない」 なるべく目を合わさないように箱を受け取って鞄に入れる。鞄はずいぶん不格好に体積を増やした。 「……お前さあ」 ――――来た。 と思った。どんな罵声が飛んでくるやら。頭の足りないこの男は殴ってくるかもしれない。でも僕は悪くないのだから断じて謝らんぞ! 何を怒られようと罵られようとも、こっちに非は断じて無―――――― ぽす。 「――――は?」 もたれかかってきた諸星の体の重みで背中が下足箱に触れた。髪が右頬と右耳を擽る。 木の鉄槌(という言葉はおかしいが)でも来るかと覚悟していた自分にはそのアクションはいささか予想外で、変な声を出してしまう程度には拍子抜けだった。 「諸星……?」 「……あんま不安にさせんなよな」 肩に顔をおしつけた諸星の声はくぐもって聞こえる。 「ふ、ふあんって別に…」 「チョコもらうのとかそういうのは別にいーよ。……いやよくないけど、まあ仕方ないっつーか。分かってたことだし。女の子に非はないわけだからチョコをどうしろという気はないし。まあみんな趣味が悪いとは思うけど」 「……こんなときでも憎まれ口を忘れないところはさすがだな」 「仕方ないけどさー……ほんと、やだ。勘弁して」 「……一体どっちなんだ。」 「だって……俺以外の誰とも話すなとも言えないだろ」 頭をもたれたままで彼は黙り込んでしまった。 ――――困難な関係だとははじめから分かっていたけれど。 あまり見せない彼の力ない様子は、向けられるとどう対処してよいかわからなくなってしまう。 彼はガラス玉のようだと時々思うのだ。 いろんな顔を持っているけどもしかして本質はひどく澄んでいて空っぽに見えるくらい綺麗で寂しくて、とても繊細で壊れやすいのかもしれない――――なんて。 「…………悪かった」 「本当に悪いと思ってる?」 「……ああ」 「ほんとに」 「本当に。」 「じゃ、チョコやる」 「?」 体が離れてしゃがみこんでなにかもぞもぞし始めたと思うと、「ちょっとこっち来て」と下から手招きをしてくるから同じようにしゃがみこむ。 何かを見せてくるのかと思って彼の手元ばかり見ていたからすっかり騙された。 顔が近づいてくるのに気がついたときは既に遅く―――― 「っん――――!」 撫で付けるように割って入ってくる舌に絡みつく、濃厚な甘さにむせそうになる。 甘い口舌が口の中をゆっくりと濡らしていったあと、更に甘い小さな固体が舌に残された。 「うまい?」 自分の唇に残ったチョコレートを舌で舐めとりながら彼がこっちを見て笑った。 「……安いチョコだな」 「チロルチョコは今や20円もする高級チョコだぞ。」 「……いらん、こんな甘いもの」 安いチョコの甘さで脳の働きが鈍くなったのかもしれない。頭が熱いしぽーっとする…… 「……そういう顔、ここでされると非常に困るんだけど」 「何が……」 「……こっちの話」 どちらからともなくもう一度触れた唇は、チョコが這わなくてもしびれるくらい甘い味がした。 この前ブログを整理したときに見つけた書きかけを利用した前半から書き出してみましたo(^▽^)o 昔の記事だったのでスマホとかの話題がなんか古いですねo(^▽^)o 「スマホ」って略さないで言ったら「スマートホン」じゃん。それおかしくね。「スマートフォン」だろ。「スマフォ」だろ。と何かの折に思ったのでSS書いた記憶があります。なんだよその無意味すぎる反骨精神はo(^▽^)o 学校が好きなので、下駄箱でキスするシチュエーションとかがなんか無性に好きです。 でもあたると面堂はどこで何しててもかわいいよ。 ×
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