星を見る/手を握る | ナノ





暗い空の底に冷たい穴がぽっかりとあいた。冷えた空気が鼻を抜けて温くなって可視化する。
心も、見えたらいいのに。

 ・・・

獅子座流星群だ今日、とあたるくんが言った。
今晩がピークだと朝のニュースでキャスターが朗らかに述べていたのを思い出す。
「しのぶ、一緒に見よーよ」
ラムや面堂くんが周りにいる場であたるくんが肩に手を回してきた時点で、今晩の4人の予定は決定してしまう。

11時に迎えにきたあたるくんとラムと一緒に、面堂くんの迎えの車に乗り込んで、夜の学校まで。
ワクワクした。
後部座席で、あたるくんが私にべたべたと触れてくる。ラムが怒って声をあげるのと、助手席からバックミラーを通して面堂くんがあたるくんに怒鳴るのはほぼ同時で、嫌な顔をしてわたしがその手を抓るのと「車の中なんだから放電なんかすんなよ」とあたるくんがラムに言い返すのが、それに遅れて続く。
私の位置からは、助手席の彼の、厚手のジャケットのフードに施された柔らかそうな毛並みや、こめかみや鼻の先しか見えない。寒さには弱い、少し赤くなった鼻の先。
「しのぶ、手え冷たいな」
あっためてあげよう、と握ってきた手を跳ね返してから(向こう側からラムのわめく声が聞こえる)、自分の指を握り込んだ。彼は振り返らない。
妙に、緊張していた。


「さっみい」
車を降りたあたるくんが身を震わせた。暖房完備の車内からの温度差は相当なものだった。「お前よく寒くないな」「うちは地球人みたくひ弱じゃないっちゃ」「異常体質なだけじゃ、さっさと病院行け」、普段通りビキニ姿で飛んでいるラムにお決まりのように軽口を叩きながら、あたるくんは最後に面堂くんが降りるまで歩き出さずに待っていた。

真夜中の昇降口に入り込む。施錠はされていない。今更驚きもしないけれど、とことんたるんだセキュリティシステムだ。
「夜の学校って、面白いっちゃね〜」
ラムがはしゃいで教室を覗き込みながら廊下を飛び回る。
「ラムさん、一人で行動しては危険です! どこに物騒が潜んでいるか分かりませんよ」
「そうだぞラム。いつ暴徒と化すかもわからん危険人物がいたりするからな」
「全くその通りだな」
「そういう輩は安全のため早めに撲滅しておかねばな」
「……何故僕に詰め寄る、諸星」
「そういうお前もどうして刀など俺に向けとるのだ面堂」
「もーお、二人ともやめなさいよ、危ないもの持ち出してっ」
真剣と木槌でじりじりと牽制し合う両者の後ろから声をかける。
「無駄だっちゃしのぶ」
ああなると、似たもの同士だから。いつの間にか私のすぐ斜め上を浮遊していたラムが「ほっといて早く行こ。」と私の腕を取った。引かれるまま足を動かす。あたるくんと面堂くんが「こらっ、だから危ないっちゅーとるに」「女性だけでは危険ですっ」と言って追いかけてきた。ラムは気にせずそのままの速さで前に進んだ。
「……ラムはすごいわ」
「? なんでだっちゃ」
「あたるくんのこと、どうして好きなのに放っておけるの?」
喋っていると息があがってしまいそうな早足だった。ラムは不思議そうな顔で、緑色の髪を揺らしながら私を振り返る。
「しのぶは、おこちゃまだっちゃね〜」
「なっ、なによう!」
顔が赤くなる。ラムはそれも笑って見てから前に向き直った。
「うち、ダーリンが好き」
「……だから、知ってるわよ。いやってくらい」
「ダーリンが何をしてても、うちはダーリンが好き。近くにいなくても、知らなくても、うちはダーリンが全部好きだっちゃ。」
「陰でどんなことしてても?」
「ダーリンがよくないことしたら、うちは妻としてダーリンに怒るしかないっちゃ」
「…………なるほどね」
恥ずかしくなるくらい、ラムはまっすぐで強くて眩しくて人間らしい。彼女は夢に恋を閉じ込めようとも、恋に夢を見ないのだ。
「こら、ラム! しのぶが危ない目にあったらどーすんだ馬鹿もんっ」
「ダーリン達がまたばかなことやってるからだっちゃっ」
「しのぶさん、ラムさん、僕たちからなるべく離れないでくださいね。危険ですから」
追いついてきた二人を交えて他愛ないたわごとを繰り広げながら、私たちは屋上を目指した。

「鍵は?」
扉を前にしての素朴な私の疑問には、チャラン、と重そうな金属音が回答した。
「あたるくん、それ……」
「帰る前に職員室から丁重に拝借してきた。」
「盗んだだけだろうが」
「ちょっとお、私知らないわよ」
「いいから早く開けるっちゃ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねそうな勢いのラムが彼をけしかけて、キーリングに20か30はぶら下がった似たような形の鍵を、あたるくんはかがみこんで1つづつ鍵穴に差し込んでいく。6つ目くらいだっただろうか。錠が落ちる音が暗い踊り場に響いて、私たちは表情を灯らせた。「あ、開いた。」

・・・

「寒い寒い、おー星がよう見えるなあ」
「わざわざこんな遠くから星眺めるなんて、地球人って面白いっちゃねー」
「情趣を解さん奴じゃなお前は」
「うちは、ダーリンと一緒なら何でも楽しいもん」
「あーひっつくな暑苦しいっ」
「さっきは寒いって言ってたっちゃ?」
バタン。背後で重い扉が閉まった。屋上は暗かった。当然、明かりの装置なんてない。背の高い光る建物なんてないこのあたりでは、フェンスも夜空の黒に溶け込んで、真っ黒。下では感じなかったのに、高い場所では風が吹いていたらしい。頬を鋭く掠める、ささくれた冷たい風。
いつもの調子でさっさと向こう端まで行ってしまってフェンスに座り込んだラムとそのすぐ隣で寄りかかって空を見ているあたるくんは、指をさしあいながら、星を探している。ラムは私たちよりずっとずっとたくさん星のことを知っているのだろう。あたるくんは、ラムの話をきっと全部聞いてあげるのだろう。

「僕らも向こうに……しのぶさん?」
私は一歩踏み出して空を見上げたまま、動けなかった。圧倒されてしまう。黒しかない空に無数の星が散らばっている。夏の浜辺の、ビニールシートの上に零れた砂みたいだと思った。最後に出た面堂くんが、隣で私の手を引こうと触れて、止まってしまった。
「綺麗ですね」
「……うん」
彼の長い指が、私の指を控えめに包んで握った。表面の冷やされた皮膚をこえて、ふれあった部分から徐々に体温が伝わる。
「手が冷たい。」
「手ぶくろ、忘れちゃった」
「そうですか」
言葉が白くなった息が、鼻先を湿らせた。温いからもっと喋っていたくなるのに、何を話せばいいか分からない。泣きたくなるくらい、月は明るくて、星は無限に存在しているのに、何を話せばいいかさっぱり分からない。
「……この前の、返事」
「……うん」
「聞いてもいいですか?」
私はやっと、視線を下げた。吐いた息がマフラーの隙間に吸い込まれる。隣を見れない。指先の温度は戻らないのに、脳と胸と耳が熱くて、今いるところがどこだか分からなくなりそうだ。

・・・

好き、なんて、もっとありふれたものだと思っていたのだ。
男の子は女の子が好きだ、とか、先生は勉強が好きだ、とか、高校生はアイドルが好きだ、とか、キティちゃんが好きだとか、飼っている犬が好きだとか、ピンク色が好きだとか、ハンバーグが好きだとか、花は百合が好きだとか。
だからあなたが好きだと言われることにも、あなたが好きだと言うことにも、何も疑問なんて持っていなかった。好きなんてとっくの昔から知っているという顔で生きてきたのだ、実際知っていると思い込んでしまっても何の不思議もないではないか。
教えてくれる真摯な存在が、今までいなかったんだもん。

・・・

「私怖いんだ」
「僕がですか?」
思わず笑いそうになる。
「ううん。面堂くんは優しいもん」
少しだけ握った手に力を込めてもう一度空を見上げる。
「なんで、私なの? 例えばラムじゃなくて」
「どうしてラムさんが。」
「……だって、私よりずっとラムのほうが可愛いし、刺激的で、魅力があるでしょ。私を選ぶ理由が分からないわ」
隣で面堂くんが少し笑った。
「そう言われると困りますね」
「……」
自分で言ったのに返答に気を悪くして私はまたうつむいてしまう。やっぱり言わなければよかった。逃げ出したくなったとき、視界の端で面堂くんの黒い靴が動いた。
「少し――――動かないで」
暖かい息が髪に当たる、と思ったらこめかみにそっと一瞬、彼の唇が触れた。
「っ!?」
思わずおさえて隣を仰ぎ見ると、すぐ横に並べば思っていたよりずっと背の高い彼が、優しい笑顔で私を見下ろした。
「価値を信じられない人にいくら言葉を伝えても分かってもらうのは難しいんです」
声がでない。彼の笑顔の向こうに、王様の冠のように星が瞬く。
「しのぶさんが好きです。他の誰ではなく、しのぶさんに隣にいて欲しい。これではだめですか?」
「――――で、でも、だって」
涙が出そうになるのを苦心して出した声は格好悪く震えて上ずった。
「私、ほんとに、こわいの」
「大丈夫です。」
「面堂くんのこと、嫌いになっちゃうかもしれない」
「大丈夫ですって」
「私、わからないもん、面堂くんのこと、すきなのか、わからないし、面堂くんが私のことすきなのか、ぜんぜんわからない」
「大丈夫ですよ」
大丈夫、とただ言って手を強く握った。
「…適当なこと言わないで」
正当に反論したいのに顔が赤くなってしまう。
「面堂くんが思ってるような人間じゃないわ、きっと。ずっと子供だし、不器用だし、へたくそだし、ほんとうは、何も知らないし、全然、全然全然大丈夫じゃないの」
無数の星がずっと向こうまで、絶対に触れることのできない場所で輝き続けている。空に円く穴を空ける冷えた白い月。氷のかおる夜の風は雲を切って、空をもっと黒くする。
私の好きな面堂くんは、本当に、星のような人なのだ。何もかもが私には眩しく見える。彼の全てが私には正しい答えとして刻み込まれる。綺麗じゃないところなんてひとつも見当たらない。だって、星は光らないとき、世界に存在しないのだ。否定の正しい仕方もされ方もさっぱり分からない。はなから届かないと決めつけてしまえば、欲しいものを手に入れるのは簡単で、絶望も幻滅もする必要はないから。
私の“好き”はいつもそうだ。地上から星を見上げて溜息をついて、片眼を瞑って手を伸ばして、触れた振りをして胸を高鳴らすような。
「大丈夫」
彼はもう一度、今度はわたしの頭のてっぺんにキスをしてから、
「子供っぽくても、偏屈でも、器用でなくても、僕はしのぶさんなら全部好きなんです。よかったら全部教えてください。嫌われても、ずっと好きでいますから」と言って微笑んだ。
いつの間にか熱くなった私の手は、面堂くんの指を冷たく感じて、彼がもっと暖かくなってくれればいいのにと思った。ずるいじゃないか。こんな寂しくて綺麗な世界で地に足をつけて離れることのできない私たちが慰め合って手を繋いで星を信仰したら、もっと近くに来て欲しいと思ってしまうに決まってる。

・・・

「いっぱい流れてたなー」
「流れ星って地上から見るとあんなに綺麗なんだっちゃね〜。宇宙船から見ると恐ろしいのに」
「20は軽く見たな。しっかし、体が冷えた。」
温め合おう、しのぶっ!とステップを踏んできたあたるくんを「ダーーリンっ!」ラムが捕まえて電流で暗い廊下をひととき照らした。私と面堂くんは顔を見合わせて少し笑った。
「そういえば、流れ星なんて全然見てなかったわね」
「僕はひとつだけ見ましたよ」
「うそーっ! 教えてくれればよかったのに!」
「言おうとしたときにはもう消えてしまって…」
「ずるいわ!ひとりだけ!」
冗談で詰るように彼の腕を掴んで笑うと、やっぱり邪魔が入る。
「しのぶ! 隣に危険な奴がいるぞ! 早く離れなさい!!」
「ダーリンのばかっ、しのぶしのぶって……」
「あっ――――危ない!ラムさん!」
隣にいた彼がするりと腕を離したと思うと、廊下に落ちていた野球ボールに躓いて後ろに倒れそうになったラムを走って両手で抱きかかえた。
「ほ……美しいお体にお傷がつかなくて良かった……」
「うち、重力操作できるから転んでも別に倒れたりしないっちゃ」
「そ、そうですか、とにかく良かった……」
「はよ離さんか変態野郎。」
膝をついてお姫様抱っこをしていたままの面堂くんの後頭部をあたるくんの大きな槌で鳴らした。
「ダーリン、やきもち焼いてるっちゃ?!」
「あほか。しのぶ、あんなやつらはほっといて二人で帰ろうか」
一人で先に歩きだしていた私の肩に手を回してきたあたるくんを容赦なくぶん殴る。
「ダーリン!なんでしのぶに手出すっちゃ、ばかっ!!」
背後の閃光がまた廊下の向こうを見やすくした。後ろからいきり立って飛んできたラムが足早に歩く私の隣に並ぶ。
「……ったく、どうして男ってみんなああなの、嘘ばっかり!」
「ほんっと、信じられないっちゃっ!!!」

・・・

「はへ、しのぶさんとはふはんは…?」
気を失っていた終太郎が目を覚ますと、文字通り黒こげになったあたるが窓際から振り返った。
「よお面堂。二人ならあそこ」
窓の向こうを指さす。校門を出ていく二人の後ろ姿が見えた。
「こんな夜道に……危険だ」
「大丈夫だろ」
顎で示した先では、来るときに乗ってきた車が二人を乗せて発進したところだった。
「それはよか――って僕たちは何で帰れというのだ!」
「また戻ってくるだろ。お前んちのだろ、どーにかしろよ」
「ああ……」
まだ床にへたりこんだままだった終太郎が、がっくりしたように壁に背中をあずけて斜めを向いた。
「しのぶさんに嫌われてしまった」
「……あのなあ。ショック受けるなら他の女に構わなきゃいいだろ」
「困っている女の人をほっとけないんだ。体が無意識に動いてしまう。生まれ持っての性質だ。癖だ。今更治らん」
あーあ…とやさぐれる終太郎にそっぽを向けて、「あほらし。」とあたるは息をついた。
「……お前はすごいな」
「何が?」
「嫌われると思わないのか。ただでさえ全く釣り合っていないというのに」
「お前らも、似たもんどーしだよなあ。」
あたるは穏やかに微笑んで終太郎を見下ろした。
「大丈夫だよ。ラムもしのぶも、飽きずに怒って嫌ってくれるから」
「……それが良くないんだと言ってるだろう?」
「あいつらも、ああなると、似たもん同士だからなあ。」
明日も一日、怒ってるかもな。白い息をはいて横顔で笑ったあたるのすぐ隣で、窓の向こうの月が白く冴えて浮いていた。冷たい冬の夜。凍る床に座り込んだ終太郎にはなぜだか、普段馬鹿にしている彼の横顔が知らない大人のもののように見えた。














みんなどなたですか本当
もっと入れたい要素があったんだけど(「っていうかあんなかっこわるい終太郎いつも見てるのに好きでいられるんだからよほど好きなんだって自覚しなさい!」みたいな犬も食わん的内容をラムちゃんに言ってもらいたかった)長くなったので。実力がないのでついついだらだらと長く書いてしまいます、あーーー
以前星ネタでうまく書けなかった記憶があったのでリベンジしました
最初のほうの面堂さん!!みたいな引っ張ってくしのぶと面堂も可愛くて大好きなんですけど、コースケのときに気になったのでこういうしのぶでかいてみた。面しのの両思いって新鮮でした。しのぶと面堂ってどっちも恋愛下手っぽくて普段呆れてばかにしてるラムとあたるのほうが実はふたりの先輩カップルなんじゃないかしらという妄想でたのしみました。ラムちゃん可愛いな。
細部にわたってラムしの、あた面好きが如実にあらわれまくっててすみません
今お題を見返したら遠のきすぎわろた

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