ひなたの恋人 | ナノ












せっかくの天気のいい日曜なのに、昼下がりの半端な時間から部活なんてついてないなあ。バスケとかテニスとか運動部ならまだしも、吹奏楽なんて。そりゃあクラリネットは好きだけどさあ。
そんなことを考えながら到着した座席が半分くらいしか埋まっていない空いた電車の、真ん中に2つあいていた席にどすりと座った。すぐ隣には僕の大好きなクラリネット、なんつって、大好きだけど大好きなんだけど、今日はちょっと憎らしい。背中から暖かい陽が容赦なくふりかかってくる。眠くなってしまいそうだ。首の後ろ焼けるかなあ…

と思ったところでふと見た先の、正面に座っていた男2人組に目を奪われた。多分2人ともあたしと同じ歳くらいなんだけど、片方は珍しい真っ白な学ランでこれまた今時珍しいオールバック。で、その隣の上背のもう少しありそうな男子なんてトラ柄のツナギみたいなへんてこな服で、髪なんて緑色だし、えっ? なんだろうあれ、ちょっと尖った両耳の少し上らへんにトンガリコーンみたいのつけてる…コ、コスプレ? ってまあここまででも相当妙なんだけど、一番妙なことに二人ともめちゃめちゃイケメン。なんかの撮影? とか思って控えめにあたりを見回してみてもそんな様子は全くない。な、なんなのこれ。失礼とは思いつつもつい正面からガン見してしまう。2人は隣り合わせに座っているのに、目も合わさないし会話もしない。白い制服のほうは腕と足を組んでなんか偉い人みたいに座ってちょっと不機嫌そうにどこかを見ている。一方緑の髪のトラ柄のほうの人は、なんか……ずっと食べてる。ついさっき見たときはポテチの袋を持ってたのに、今はポッキーの箱が空になりそう。
方の左右の席も空いてるのにわざわざくっついて座っているんだから他人同士ってことはないんだろうけど。どんな組み合わせなんだろう……兄弟ってことはなさそうだし……うん、二人とも整った顔立ちなんだけど、緑のほうはハーフみたいで白いほうは和風ってかんじで似てないんだよね。ポリポリポリ……平坦な郊外を走る車内で意識すると彼の咀嚼音ばかり聞こえる。そ、それにしてもほんと、かっこいい……絶対一般人じゃない。車内に疎らにいる他の乗客もちらちらと彼らの様子を伺っているのが分かる。だって目立つもん。あ。緑の人が白い制服の腕のところをつんつんと引っ張った。やっぱり他人じゃなかったんだ。オールバックの彼が首を少しだけ動かして耳を貸す。緑の人が小声で彼になにかごく短い言葉を伝えたようだった。それを聞いた黒髪の彼は呆れたような怒ったような表情を見せて何か言いながら緑の人を上目に睨みつけた。う…っ、ち、近いよお二人さん…!ちょっと、目に毒っていうか、なんかなんか何故かわたしが照れるんですけどっ!!なんで!!思わず顔が赤くなってないか両手で頬を抑えて確認したら、足元の鞄を持ち上げて膝に載せた白い制服の彼と目が合ってしまった。わ…どーしよ、わたし変な人じゃん…っとかそんなことも思えないくらい頭真っ白になって固まってるわたしに、彼はそつなく極上の笑みを投げかけた。うわ……っ!確認するまでもなく頬が一気に熱くなったのが分かる。頭のてっぺんから湯気出てるんじゃないかってくらい恥ずかしくてぽわーっとしてるうちに、彼がその鞄からまた新しいお菓子を出して隣の彼に渡しているのが見えた。ああ、彼があげてたのかあ……。もらったお菓子を見て相好を崩す超絶美形のトラ柄の人を見てまた呆れたように腕を組み直しながら、そう満更嫌そうでもないように見えるのはわたしの気のせいかな。気の抜けたままぼんやりと彼らを見ながら考えていたら、電車が減速してガコン、と小さく揺れて止まった。白い制服の人が立ち上がって
「降りるぞ」
と隣の彼の腕を至極自然に引いた。彼も何でもないようにそのまま立ち上がって自分より頭一つ以上背の低い彼に引っ張られて電車を後にした。車内のそこここで成分のよくわからない溜息が漏らされたのがわたしには分かる。ホームに降り立った彼らがなにやら口論――っていうか黒髪の彼が一方的に怒ってなにか説教してるような――しながら改札に向かっているのが窓から見えた。アナウンスと共にドアが閉まって、電車が走り出す。うーん……遠くから見ても二人ともスタイルもいいし…っていうかなんであんな変な格好してんだろ、二人とも……。あ、緑の人が少し身を屈めて黒髪の彼の頭に…えっ、え!!いまおでこにちゅーした!!え!!思わずあたりを見回したがすでに他の乗客は遠退いた二人からは興味が離れていたようで、見ていたのはわたし以外にいないようだった。もう一度身を乗り出して向こうを覗きこむ。白い制服の彼が顔を赤くしてまたなにやら怒っている。緑の人はなにも聞いてないようにずっとニコニコしてる。諦めたように、白い彼はまた腕を組んでぷい!と向こうを向いて一人で歩きだした。まるで猫が逆毛立てて怒ってるみたい。……あ、カーブに切られて小さくなっていく彼らがついに見えなくなった。


…… うわ…なんかすごいもの見ちゃった、ような。なんか兄弟でも友達でもなさそうだけど、、仲良し……なのかなあ。彼らは。まだほっぺたが熱い。うわー…。って、あれ、わたし、駅……えっ、さっきの駅じゃん!やだ、気が動転しすぎて降りそこねた…!!信じらんない、あの人たちのせいで部活遅刻だよ!
はあ。次の駅で降りて戻らなきゃ。ほんとにすごいもの、見ちゃったなあ。彼らが座っていた空のシートを見る。本当についさっきまであんな映画のワンシーンみたいな情景があったなんて信じられないような、無機質な電車の椅子。
きっともう会うことないと思うけど。





(…どんな関係なんだろ、あの二人……)










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