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 まつりは端末をしまうと、海沿いの道を歩き始める。
記憶によると此処から少し下ったところに駐車場がある筈だった。

今日も良い天気。
何度確認しても、何回確認しても、良い天気だ。
夏休み早々に幸先がいい。


遠くでエメラルドのような波が日差しを受け、キラキラ光っている。
「海って、広くて大きいね」
嬉しくなって呟いてみるが、返事はない。
自前の亜麻色髪が風に揺れている。肩に付きそうなくらい伸びたそれが頬を撫でるのを感じながら、また、ぼんやりと呟く。

「屋敷に居た頃は、外に出るの大変だったからなぁ」

もう、屋敷はないけれど……
縛り付け、押さえ付けてくる大人たちも 。


・・・・


   佳ノ宮まつりは、ある温暖な町で「屋敷」を所有する――――佳ノ宮家に暮らしていた、云わば佳ノ宮財閥の子どもである。



  その姿はまだ子どものようにあどけなく、顔立ちは少女のようにも少年のようにも見える。潤んだ大きな瞳の一方で、リカちゃん人形より通った鼻筋が何処か印象への精悍さを与えている為だろう。
美しい見た目と、高い知能、視認したものを精密に再現する類まれなる才能を持ち、幼少の頃には神童と謳われていた。

 これだけ聞けば、誰もがまつりのことを恵まれた環境を与えられ、齢一桁の頃から将来を約束された存在だと思える。



 しかし、その実態は――――
ずっと屋敷に出入りする企業に搾取されていた。
思想を思想としても認められず、作品を作品としても認められず、まるで生まれながらに全てが二次創作であるかのように、あらゆる概念を削られ、生れたときから誰かの代替物のアイデンティティとして居ないかのように存在し、「自分に合うから」と、素材のように扱われる事もあった。
 もちろんこの「自分に合う」、は周囲との調和を試み、馴染むように統合の取れた美しい作品に対する評価ではなく……その者がが素材として使用しやすいという意味だ。
 

出歩くだけでも人が追いかけてきたり、少しでも表社会に出ようものなら慌てて存在しなかったかのように代理を立てられる――そうして徹底的な隠蔽が行われた。

 人間と言うのは他人に認識され、互いに評価されることで自己同一性を確立していくのだが、そんな、自我の許される隙すら与えられぬ環境で、自身に対する事柄を覚えておくのは難しい。
 自分を認識することすら困難になるうちに、自分を呼ばれる事、人間関係を理解する事すらパニックを起こす程になる。

 そんな生活がある日変わった。『屋敷一家の惨殺事件』によって。


…………今はただの一般市民だというのに。
「何故か伝えて居ない引っ越し先も、内情も、何処かに伝わっているというのだから……」


無類の眼鏡好き、というのはデマだけど。
※あってもなくてもいい。

―多すぎるネタ。
近すぎる距離。

「うーん……どうしようかなぁ」

言ってない事と、言った事が混在し、他人事のようにパクられている。
プライバシーの侵害とか、勝手に著作権を主張するな、とか、言いたい事はあるとはいえ、一番問題なのは『何処が』監視して居るのかだ。
 まつりたちは近所づきあいを控えめにしていて周りに家の状況を話してはいない。
(となると、盗撮か、盗聴か……)




「おっと」
 思わずよろけそうになって立ち止まる。
……溝から蛙が飛び出てきたようだ。
「もー、君はあとから来ただろう?」
彼を落としたらどうするのか。
とりあえず蛙に共倒れして貰う事になる。
 対して蛙はまつりに潰されないように、とでも思っているのか目の前を必死に跳んで走っていて、我先に、此処は自分の敷地だぞと主張するかのように歩幅を合わせようとしてくる。
小さな命。

「んー、二匹居たら名前を『スーパー』と『ラヴァーズ』にしようと思ったんだけどな」


何処かに走って逃げていく様を興味深そうに見送った後、まつりは改めて周囲を見渡す。
何気なくそのまま見上げていた先に、自宅のポストが目に入った。
 庭に突き刺さっているそれに、夜には無かった会報が挟まっている。
「おぉ……いつの間に」
聞いたことがある。これが民家の慣習らしい。
確か地域の組織があって、連絡事項などを回し合っているだとか。

 少し戻って、ポストに近づく。
「ねぇ夏々都、これどうやって……っと、寝てたんだ」
路線が変更になるというので、挟まっている地図を引き抜く。
「あとで、わさび味が売ってるスーパー、探さないとね」