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- ナノ -
背中に手を向ける他人は、武器を持ってるんじゃないか。
衣服から手を出さない他人も、武器を持ってる。わずかに、身体の重心がずれてる健康そうな他人も。
過敏になったのは、いつからだろう。
それが、否応なく――ぼくを警戒させてしまう。したいわけじゃ、ないのに。

いつも諦めて、絶望していた。
いつ殴られても。
蹴られても。
誰も助けてくれないのだから、自分で、自分を守るしかなかったのだ。
小さなときから、ぼくの味方はぼく自身だけだった。

理由なんかいらない理由で、好き勝手に、傷つけられてきた。
どうでもいい。
どうせいつか死ぬし。少し早まるってくらいのことでいちいち騒ぐ他人がひたすらに気持ち悪くうんざりしていた。
でも痛いのは嫌で。
いちいちうるさい他人も嫌で。
騒ぐくらいなら、黙っててくれたら、一番嬉しいというのに。
誰かの自己満足で出来たおめでたいおとぎ話を聞かされて、それに納得していられるほど子どもじゃない。むしろ。足りなくて、足りなくて物足りなさすぎて。薄い薄い薄い薄いココアみたいで―――
やっぱり。

「っ、まつり――」

欲しいものは欲しい。
怖いものは怖い。
壊したいものも、受け入れられないものも。

逆に、とても。
フラストレーションばかりが積み重なった。
ぼくらは、だから。
自分のために。
そのためだけに。
ついでに、似たような誰かのために。


あの《絶望》を味わわないまま築かれた世界なんて、ぼくらにはむしろ尊すぎて。
逆に。ひたすら辛くて。寄り添いきれない現実と、寄り添いすぎる幻想の中途半端が、もどかしくて、苛々してしまって。それは叫びたいくらいに、苦しくて。


だからこそ居心地が良い。
此処は。
此処は。
適度に、殺伐として。
絶望してる。

ぼくは、なにもいらないから。だから。
せめて。

「んー?」

「安心、した」

抱き締められながら、幸せだなと思う。同時にやっぱり、胸がいたかった。なぜだろう。

「治療、していい?」

まつりが囁いてくる。
なんだか、ドキドキした。
「……ん、何を、するの? まつりも、心臓が悪い? なら、手伝う」

「まつりはいいのです」

意味がわからないやつだ。
「先に、直してあげたい」
「きみが治れば、まつりも、なんとかなる」

なぜだよ。

「いやいや。ぼくとどう関係あるんだよ。風邪だって、ぼくが治ろうと、まつりも引いてたら、なおるというわけじゃない」

「これは、風邪じゃない」
わからない。
なんだか、いつにもまして、意味のわからないことを言われている。
混乱してきたぞ……




指を握られて、握り返す。鼓動? が伝わる。
まつりの指は、少し熱い。
「ななとくん、考えごと?」
「ん。まあね……」

ふふふと笑うと、そいつはガブ、と首筋を噛んだ。
「……。……、……いたい」
「おそいなぁ」

横に、寄り添うように寝ているまつりが囁いてくる。手だけを握って、二人で寝転がっている。

「……ふふふ」

「どうか、した?」

「いや。ほんと、きみ、柔らかくなった」

「なんだよ、それ」

軽くにらむと、ツンツンと頬をつつかれる。

「柔らかいって、頬が?」
真面目に聞くと、ぶは、と吹き出される。汚い。
「っ、ふふふふ……! そうじゃ、ないよ」

「なにを笑ってるんだよ」
ツボに入ったらしい。
腹を抱えて、笑い始めた。


 ぼくは、自分を好きじゃないだろうなって人を気に入っていた。それは理由なく殴られても、納得出来るから。
まつりも、ぼくをそんなに好きじゃないだろうなと思っているからこそ気に入っている。

意味のわからないことで、閉じ込められたり、怒鳴られたりがない毎日。
ああ。なんて、今。
『まともに人間の暮らしをしてるんだろう!』
そう思った。
だから。誰かからもらった理由が嬉しくて、大事にした。大事に返事をした。なのにすぐ止んでしまったりした。

『ぼくは、生きてる』

こんなことで、安心出来てしまうなんて、昔は思わなかったけれど、
安い励ましより、きれいな言葉よりずっと、理由をつけてくれたのに……


「ね、まつり」

ぼくは言う。

「ぼくのこと、好き?」

まつりは、クスクスと笑った。

「好きだよ」

ぼくも笑う。

「理由があって好き?」

「一番最初に、辛いときに、きみが、目の前にいたから、好き」

まつりはまっすぐにぼくを見つめる。射抜くような目。

「ぼくも、そうだよ」

それは、どういう好きかは、わからないけど。

「……変なのかな」

「え?」

「他人に好きだと言われたら、大体不愉快だったから、まつりには、どうしてなにも、そういうのを感じないんだろう」

疲れた。
いろいろと。
ただ、休みたかったのかもしれない。
他人の感情なんかどうでもいい。ぼくの感情なんかどうでもいい。

「不思議だなぁ……」

天使みたいに、きれいなそいつに目を合わせる。昔から、かわらない。
 ぼくはこいつのために居て、まつりは、みんなのために居て。
でも、たまに、周りに向けるあの笑顔が嫌いで。ぼくに向けるあの笑顔が、好き。