×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
息が苦しくなって、そいつにもたれかかる。
まつりは、よしよしと背中を擦っていた。

「大丈夫?」

「ん……、少し、休憩」

はあ、と息を吐いていると、まつりが心配そうにした。

「そうやって、気軽なことしたら、損しかしないじゃないか」

「そうかな。あの子怒られ慣れてないから可哀想だったんだよ」

言うと、まつりは複雑そうな感じに笑った。

「全く。そしたら、その子が怒られ慣れないよ?」

「……だって。いや、慣れたらだめじゃないか」

「きみも、慣れたらだめでは?」

「耐性があるのは、悪いこととは言えない」

「感情が、固定されてしまうのは、いいこととは言えない」

「……でも! 勝手だろ」
「夏々都」

まつりと目が合う。
淡い、茶色の目。
綺麗。

「きみは、いつもそうだ」
「だって、いつも、そうだから」

試験。出来すぎたと、呼び出されてカンニングかもしれないと注意を受けて。手を抜いたら、それはそれで、前回との差はなんだと注意を受けて。だからわざわざ残って勉強姿勢を見せて帰って、書きたくないノートを書くようになって。まつりから、遅いと怒られて。先生からも怒られて。
もういやだ、なにもしたくない。
なにしたって、なんだかんだ理由をつけて怒る。
ぼくはそのとき自棄になってきて、泣きたくなって。
何をしても、怒られて。まつりは呆れていて。

ほとんど教科書を読まなくなって。ノートも適当に書くようになって。わすれた人が居たら庇って、それくらいしか出来なくなって。そしたらそれも怒られる。

「……いつも、何をしても言われるんだから。ちゃんと、わかる理由で注意を受ける方が、マシなんだよ」

それは、ぼくが分かりにくいから?
そう言われたらどうすればいいのだろう。

「どうせいつだって何をしたって誰かが潰しに来て、邪魔しに来て、叩かれる。箱の中にいたときと同じ。なにもできないんじゃない、させないようにと長い間取り上げられてたのに、それでまた怒られる」

なにをしても。
なーんの意味もない。
そんな毎日。

「マシならそうしてもいいけど、なるべく控えてよ」
「なんで、そんなこと言われ――」

まっすぐに見つめられ、言葉が出なくなる。

「な、んだよ」

「きみが、迫害を受けて庭にいて、まつりのところに訪ねに来る、あの頃も。――誰もきみを信じてくれなかったね」

「……ああ」

「だから、諦めて、しまってるんだね」

「そうだよ?」

笑う。笑いが止まらなくなった。

「あははは! はははっ!だから今更さぁ。あの程度のことで、かわいそうとか言われたくないんだよね? すごくイライラするよ――この程度がカワイソウだったら、昔とっくに自殺してるよ。バカにされてるみたいでさ。不愉快だった」

「夏々都」

まつりが、こっちを見てる。ぼくは、ただ笑った。かつてのまつりも、こんな気持ちだっただろうか。いや。比べても無駄か。

「諦めてもいいけど、投げ出したら、ダメだよ」

「なにを、言って」

「希望を持つのは、大変だけど。それでも。きみはあの屋敷まで来てくれた。最初は家庭への反発みたいなものだったかもしれないけど、でも確かに自分の意思を持って、会いに来た」

「……そ、れは」

「昔、言ったよね。
世界を信じなくてもいい。他人を信じなくてもいい。信じたふりをしろ。偽ってでも、笑え。
周りに合わせるふりをしろ」

それでも、世界は広い。心は自由だ。

「そしてきみも言った。周りと合わないよと言ったまつりに」

まつり、どこかに、ぼくらのような人が、いるかもしれないね。
だから。
二人で、いろんな世界を、見にいこう。

「覚えてる」

「まつりは、そう教えてくれたきみのことを、愛している」

「ぼくは――」

それを、信じさせてくれた、まつりが。
囚われたように、屋敷から出られない。
だけど、その中でも、幸せそうに。
自分の世界を、築いていた、そいつのことが。

「っ……」

胸が痛い。
前からだ。
あの小旅行に行ったときから。たまに、これが起きる。
あ。

「心臓に悪いって」

「ん? 心臓がどした」

まさか……
重大なことに、気付いてしまった。胸が痛いのは、まつりのことについて考えるときだけなのだ。これは、病気だとあいつも言っていなかったか。
「お前、何か菌でも移した?」

「え、いきなり失礼な」

まつりが、ぎょっとする。
「胸が痛いんだけど」

「ほうほう、検査を――っ、痛あっ!」

思わず頭に手刀を食らわせてしまった。

「あ、悪い」

「いきなり、どうしたの?」

「わかんない! まつりが病気だと言ってた」

「ふうん?」

そいつは、面白いものを見るようにぼくをニヤニヤと眺めてから、起き上がった。
そして改めて被さってくる。図が、押し倒されてるみたいだ。

「え、なに」

「んー? 治療してあげようかなって」


思わず後ずさる。

「……い、いらない」

「いいのー? ずっと痛いかもよ?」

まつりは楽しそうだ。しかしそんなこと、言われても、なんだか怖い。びく、と硬直する。
と、そのとき。
ぼくを殴り付けてた誰かと、影が――重なった。
「や、だ!」

正面から対峙するのは、苦手。だって。
重なるから。
そう。ぼくは、だから、まつりに自分から触れない。
重なるから。


首をしめてあげる、とか、今から、この刃を、当ててあげる、とか。
にやにやした笑顔を向けて――――

「いや、来ないで! 来ないで……っ」

息が詰まりそうになる。怖い、怖い、怖い。
首を横に振って、がたがた震える。

「め、んなさい、ごめんなさい……」

まつりは、一度、はっとしたように目を見開くと、ぼくから離れた。

「謝らないで」

そして、体制を低くして、上から被さるような状態をやめた。目線を合わせるように寝転んで、それから、心配そうにぼくを見た。

「そっか。高いところから遠巻きに見られているのが。威圧感があったんだね?」

ぼくは、答えない。
あれは、他人が距離を取りながら、危害を与える機会を狙う姿勢だ。
そうか。だから怖かったのだ。

「……ごめんごめん、気がつかなかった」

「まつり――」

同じ位置に寝転んで、近づいてきたまつりに抱き締められる。

「まつり、まつり、まつり……」

「んー?」

なんだか安心した。
すり、と胸元に顔を押し付けていると、猫みたいだなあと笑われる。

「かわいい」

「知らない、人になった、みたいで――」

「うふふ、そうだね」

「こわ、い」

「ん、わかった。気をつけるね」

 ああ、良かった。
うとうとしていると、ゆっくりと撫でてくれる。背中にしがみつくと、もう平気? と囁かれる。
こくんと頷いて、まつりにひっつく。
温かい。怖くない。