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「買ってもらったの」
 綺麗な、たぶんシルクの白いワンピースを着て、そいつは、芝生の上で、ひらひら回っていた。裾のレースが美しい模様だった。レースが好きなのだろうか。よく、そういう柄を着ていた気がする。
お屋敷の庭。広い庭園の裏側。たしか、ぼくらがよく、話をしていた場所。

夏場、だっただろう。青空が綺麗だったのを、ぼくは一番最初に思い出した。



「へぇ、似合うね。涼しそう」
「……なとなともきる?」
「着ないよ。ぼくは、そういうのは似合わない、ただの、男だし……」
「なんで? 布だよ。性別がどうして、似合うとかを、分けるの?」
不思議そうだった。そいつは、生物ではあったけど、自分が人間であること自体から、不思議らしかった。
「社会ってやつだよ、知らないけど。ぼくが足なんか──いや、ぼくは、傷だらけだから」
「……んー。よくわからない。まつりは、ただの生命体でしかないもの。──だから、そういうのがわからない」
まつりは生命体だった。それだけだったから、その場所にいるしかなくて、確か、どこにも行けなかった。悪夢みたいなこの楽園から、出られない、そんな、どこか寂しそうな子どもだった。この辺り、うまく説明出来ない。

「似合うよ。それでいいよ」



ぼくは言う。



「えへへ」




まつりは笑っていた。自然に、楽しそうに笑っていた。だから、ぼくも、嬉しかった。



「ぼくにも、わからないことがあるんだけど」


──ぼくは聞いた。
せっかく笑ってくれたのに、そのタイミングで聞いた。なにがしたかったのか、わからない。ただの疑問だった。

『親ってさ、何か買ってくれたりするの? 自分のために、何かしてくれるものなの?』




──なんで、そんなことを聞いたんだろう。傷付くのは、聞かなくてもわかるのに。もしかしたら、まつりを傷付けてしまうのかも、しれないのに。
血のにおい、事件のにおい、思わせ振りな言動、かといってぼくにだけは何を、しているのかを一切言わない彼らが、ぼくにとって、どの辺りに位置する何なのか、血族以外の意味を持たない他人が必要以外の施しを頻繁に行う理由がわからない。
 ぼくは、後悔を乗り越えるほどに、疑問だったのだろう。たぶんぼくには、なにもなかったから。ぼく自身の空っぽなものを、違う価値観で埋めてみたかった。いろんなものがある、と。なぜだか、こいつは自分とは違うと思えば、なにかが救われるような気がした。
まつりは笑わなかった。怒らなかった。質問もしないし、泣かなかった。質問にさえ、答えずに──
「守ってあげる」
──と、そう言った。まっすぐぼくを見た。ぼくには眩しかったんだと、思う。

「まつりが全部、あげる。きみのために。望むものをあげる」

 なんで、そんなことを言ってくれたのだろう。ぼくは、動揺した。驚いた。だけど、泣かなかった。傷だらけの足元を、ただ、ぼんやりと見ていた。醜い傷痕が、いくつも見えた。
息が苦しくて、俯いていたら、綺麗な腕が伸びてきて、ぼくに触れようとした。ぼくは、それを振り払った。さわるな、と突き飛ばした。傷に触れるな。ぼくに触れるな。×××××を、ぼくに思い出させないでくれ。きっと、怖かったからこそ、ぼくは、告げたのだろう。




『お前なんか──』



自分でも、驚くほどに冷たい声で。そいつを、拒絶したことがある。






──家族のことは、そういえばあまり覚えてない。兄がいた気は、する。親のことはよくわからない。
 言えることは、きっと、家族も、ぼくの他人だったこと。あの傷に関係しているだろうこと。ぼくは、空っぽだった。 空っぽだったからこそ、きっと、わざわざ出会いに来たのだろうと思う。自ら、あんな危険地帯に、踏み込んだのだと思う。居場所がなかった。みんなが、違う生き物みたいで、取り残されていた。
ある日、ふと着いたその場所には、天使のような悪魔のような──『悪夢』が生きていた。ぼくらの出会いなんてのは、あるべきだったのか、わからない。
 きょとんとぼくを見たそいつが、一番最初にしたことは、通報でも、質問でも、撃退でもなく、ただ、ぼくの『手当て』だった。