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 家で暮らすようになってまだ3日程のとき、こういう話を知っているかとまつりは呟いた。


「ドイツの話だったかな、地下に閉じ込められ続けたある貴族の子供……後を継がせないために幽閉した、とか、誰かの不倫で出来た隠し子、とか噂されている誰かの子供――表向きには出自のわからない少年が居てね、あるきっかけから偶然外に出るんだ。
 彼はそれまで冷たい地下室しか知らず、何も告げられず、何も教わらなかったようだけど、特別な体質を持っていた」
「体質……」 



 まだ春の始まっていた頃で、まだまだ寒かった。
少し苦い紅茶を飲みながら、白い湯気の向こうに映る、クッキーをむさぼるそいつを眺めていた。『あの場所』から出た後、何も分からないだとか、これからどうするだとか話をしている合間にふと始まったのがこういう話だった。

「そ。体質。といっても書物に記録が残っていた程度でまつりもよく知らないんだけど、何も見ずに正確な方角が分かったとか、異常に聴力が優れて居ただとかね」

 その話を聞いて、なぜかぼくは少し前にニュースで見た、ショウジョウバエの実験で認められたとかいう変化を思い出した。
 再現を試みるととんでもなく非人道的でさらに長期的な実験になってしまうわけだけどね、とまつりは言葉を濁す。


 要は、視力が優れない代わりに嗅覚や触覚が発達するというようなことが人間には起こりえる、ということを言っているのだろう。深海魚だって顕著な例だ。
  いつ外から自分を殺しにくるかもしれない誰かを、ドアを開けてくれるかもしれない誰かを、耳を澄ませて、沢山のことを想って待っていたのだろうか。


ぼくや、まつりや、誰かのように。
「外に、憧れた子どもだったのかな」
(「出自を明かされたくない」「外に出てほしくない、死んでもらっても都合が良かった」……か。)

「外に憧れた子ども、か」
 そいつは良い、とまつりは紅茶を一気に飲み干して、何か愉快そうに唇を歪めた。



誰かに似た話や近い例なんてものは、探せば案外、歴史に転がっているものなのだ、という。
 『知識』とか『情報』というのはテレビや最近の物語、誰かからの話ばかりで居ては視野が狭くなり、ついつい妄想に囚われてしまうが人間は所詮幾年にも渡り同じ過ちや罪、栄光を誰かが違う歴史で背負う、そういうものなのだ。