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  大きな門と堅牢な柵。
その奥には美しい庭園と噴水。
季節の花が咲いている。
 薔薇を中心にそれらはよく手入れされていて、まるでおとぎ話に迷いこんだかのよう────

 だけれどまつりがいるのはいつも、その庭園の裏側だった。


向かうには庭園を抜けて裏へ回るルートと、裏道からこっそり入るルートがあって、いつもなら裏道から来ている。
 ぼくたちが会っていることは皆には秘密なんだけど、ここ数日に至ってはこうやって堂々と正面から歩いてる。
何故か屋敷の大人たちがほとんど出掛けているのだ。
 だからか、最近はぼくらもいつも以上に、自由に声を出して話している。



 その日は夏で、ワンピースを披露したあと、まつりは「……なとなともきる?」と聞いてきたので、
ぼくは首を横に振った。
恥ずかしかったし、なんかカッコ悪い気がした。
「着ないよ。ぼくは、そういうのは似合わない、ただの、男だし……」
  しかしまつりは本気だったらしい。きょとんと不思議そうにぼくを見ていた。
「性別がどうかしたの?」
「──えっ」
「あ……いや……その、まつりを見てるだけで充分、だよ」
 
「そっかぁ。着たいなら、なん着か貸してあげようかと思ったのに。これよりすごいヒラヒラとか、ふりふりとかもあるよ」
「えー、別に良いよ。女の子みたいだし」
なんかちょっと不恰好になりそうで、いや、似合ってもやだというか。ぼくはこう、ムキムキした強靭な肉体を──
「……まつりはまつりだよ?」

 まつりは不思議そうに首を傾げる。

「い、いや……えっと、あ、あははは……」 
ぼくは曖昧に苦笑した。
──そうだった……

まつりはまつりで、男でも女でもないらしい。
 

 そんな状態が在り得るのか?って思うかもしれない。
だけど実は、性というのは身体で様々な自己決定がされてどちらかに分化していくまで、どちらにもなれる可能性をもつのがデフォルトの状態で――発育、成長の仕方によってはそういう事も起きるようだ。
(なお、この辺に関するエピソードは今は語れそうにない)

 言葉で言うだけだとちょっと伝わりにくいかもしれないが
 ぼくも、まつりといるときは同性の友達みたいに際どい話題から日常の話題まで盛り上がっていたし、一方で異性みたいにふわふわした、自分にない感覚を覚えていた。
(人体の基本型が女性なのでパッと見では女の子みたいに見えるのだけど)

「スカートはいろんな人が履いてるんだよ。キルトとか、昔の鎧とか」

「ぐぬぬ……」
 


「なとなと、似合いそうだけどなぁ」
気乗りしないぼくに、まつりはちょっと残念そうに唇を尖らせた。

 なとなと、というのはぼくの名前で、正確には行七夏々都、という。
ななと、が発音出来なかったまつりは、なんど教えても、なとなと、と呼んだ。
「あたらしいじぶんにちゃれんじ」
ドヤっと得意げにぼくの腕を掴もうとするまつりさん。
ぼくはそぉっと後ずさりする。
「き、機会があれば、ね……!」



 こうして絶対着させたいまつりとの鬼ごっこが始まる。

──けれど、可愛い服を着る日など訪れないだろう。
このときのぼくはたかをくくっていた。

数分後。鬼ごっこは中断され、まつりは改めて、「よく来たよ」とぼくを出迎えてくれる。
「うん……」
そして数秒間の沈黙。
 よく座ったり抱きついたりしている飾り柱から離れ、芝生の上を楽しげに回りだしたまつりの無邪気な姿をしばらく見守る時間になった。
これはこれで趣深い。





 数秒後、満足したのだろうか、まつりはふと、思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ……まだ今日は聞いてなかったね」
 そのあとまつりがなんて言うかはわかっていた。

「ねぇねぇ! 今日は、お父さんやお母さん達に見つからなかった?」 


  さっき述べた気もするが、ぼくたちの家は仲がよくない。
土地のこととかで年中争っており、身内に見つかるとあれこれ騒がれたり、「こんなことをしたのか」「こんなものを食べているとは」と、思い出も感情も、家同士張り合うための嫌味の道具みたいに利用されることが何度もあった。
 自分たちで争えば良いのに、陰湿だと思う。 彼らにとって、子どもの価値はその程度だ。ランチにサンドイッチやチョコ菓子を買うような気軽さで、子どもの存在を購入していく。
だからいつもこっそり訪れている。


「見つかった」
ランドセルを置きながらぼくが言うと、まつりはええっと目を丸くする。
「『梅干しのはちみつ漬け〜前に買った梅干しよりすごい甘いの! 食べてみなさい』って」
「あぁ……」
入り口で、前に匿ってくれたメイドさんだ。
まつりは以前にその話を理解していたので、納得したように小さく苦笑した。
「健康食品にはまってるみたい」

(20231/153:28加筆)





 まつりは笑っていた。自然に、楽しそうに笑っていた。
だから、ぼくも、嬉しかった。

「ぼくにも、わからないことがあるんだけど」


なのに。

──ぼくは聞いた。
せっかく笑ってくれたのに、そのタイミングで聞いた。なにがしたかったのか、わからない。ただの疑問だった。




『親ってさ、何か買ってくれたりするの? 自分のために、何かしてくれるものなの?』

──なんで、そんなことを聞いたんだろう。
傷付くのは、聞かなくてもわかるのに。もしかしたら、まつりを傷付けてしまうのかも、しれないのに。


 だけどまつりは笑わなかった。怒らなかった。質問もしないし、泣かなかった。質問にさえ、答えずに──
「守ってあげる」

──と、そう言った。
まっすぐぼくを見た。
ぼくには眩しかったんだと、思う。
「まつりが全部、あげる。きみのために。望むものをあげる」

 なんで、そんなことを言ってくれたのだろう。
ぼくは、動揺した。驚いた。だけど、泣かなかった。
傷だらけの足元を、ただ、ぼんやりと見ていた。醜い傷痕が、いくつも見えた。
 息が苦しくて、俯いていたら、綺麗な腕が伸びてきて、ぼくに触れようとした。




ぼくは、それを振り払った。


(20231314:00加筆)





「やめろ!!」
自分でも驚くほど強く拒絶していた。
 何かに対してこんなに攻撃的な気持ちが生まれたのは、初めてだ。
 まだ怒りを覚える感情が残っていたとは思わなかった。
「人を好きになれるやつが言うことは全部嘘だ。現に他人を好きになれる環境があったってことだからな」
 頭に血がのぼっておかしくなる。
 大声で叫び散らしたい。
「簡単に、好意を示すな。ぼくの敵、なんだろう?」
 
 まるで、挑発。
認めても居ないのに、感情を試されて、卑怯で陰湿だと思った。
「お前に、ぼくの何が分かる!
ぼくの欲しいものってなんだよ! ぼくは何を欲しがっているんだ!!答えてみろよ! なぁ!
 何を欲しがってみても要らなくて、足りなくて――――焦燥だけ増して、
欲しがったことが怖くて、そんな事、こんな場所に居たら、経験あるだろう!馬鹿にするな!」


「それは、確かにそうだね」

 まつりは、ただきょとんとしているだけで、それが尚更腹が立つ。
喧嘩をしたいとか、今すぐ何か殴り散らさないと気が済まないとか、そういう気分。自分でも戸惑うくらいに、抗えない。


「そういう、試すようなの──試されてばっかり!嫌なんだよ! 
お前に受け答えして、納得して、何が変わるっていうんだ! レポートに纏めて学会に出すのか? 馬鹿にするのも大概にしろ。ぼくにっ、これ以上」

 他者に対する感情。
例えば恋愛などで活発になる脳の部分は闘争本能と近い部位らしいけれど、
同時にいつでも戦えるように体が変わっていくことなのか。
 (なんだろう……これ……)




 他人を好きになれる環境なんかなかった。
まるで、一度で合格したのが気に食わないからと無理やり先輩に落とされた誰かみたいに。

「何か、思えって言うのか! 何を思うか試させて、笑って、それで偉そうに笑うのを見て、それでっ。犬じゃないか!」


 自分たちより練習しないのに満点がとれるのが気に食わないからとカンニングを決め付けられる、ぼくみたいに。
 家族や先輩が既にこれだから。
そんな環境、自分の価値が認められないのに、あるいは他人の名前で勝手に呼ばれるのに、相手を認めるなんて出来るだろうか?

「よくも、そんなことが出来るな!! 他人を好きになれる自分をわかってほしいですって? ふざけんなよ! 見ての通り、一人で居るのにそんな崇高な考えわかるわけないだろ!
そんなものがわかるなら友達だってなんだって作って、幸せに……」


胸が、ドキドキして、拳に力が入る。別に運動は好きじゃないけど。何か、身体を動かしたい。
 まつりはずっと、きょとんとしていた。小さく首を傾げたくらいで、別に動じなかった。


「他人に好かれる必要は無い。腹が立つことをしてしまったみたいだね。まつりは、犬は嫌いだよ、見てると嬲り殺したくなる。何を思うか試すようなことをして悪かった。別に何を思うのも君の自由だ、確かに少し傲慢だった」
「…………」
変なことをいうやつだった。
不思議と、怒りが引いていく。

「人間を家畜にするのは興奮するけど、ね」

自分でも、よくわからない程、身体が軽かった。イライラが収まらない。
「ふうん、お前って良いやつなんだな」


 間合いはちょうどよかった。
片足を軸に、滑らかに身体を捻って――片方の足にかかる重力を投げ出すように振り上げる。そいつの綺麗な顔が、笑顔が歪んだらきっと何もかも許せるような気がしたんだ。
 空振り。
虚しく宙を滑る足が、地面に付く。
振り上げた直前の動きを読み、かわしていたらしい。運動不足の肩が、上下に揺れる。
 まつりは、やはりきょとんとしていた。
「良い悪いは知らないけど、お話するのって楽しいね」
「そうか? そんなに、愉快なようには思えないけど」
せめて、と至近距離で腕を振り上げた。
死ねば良かったのに。
死ねば良かったのに。
まつりはぼくの腕を取り、嬉しそうに手を繋いで、高々と上にあげた。
「えへへ。優勝でーす!」
「…………」
死ねば良かったのに。死ねば良かったのに。死ねば良かったのに。死ねば良かったのに。
「ふざけんなよ!」
どうしていいのか、なんて、わかってるじゃないか。

「ふざけてなどいない。他人を好きになるには、そもそも才能が必要だからね。誰もそのことを理解出来ない」

こんなので存在していても、何の救いも無い。何も理解出来ない。だったら、最初からぼくが死ねば良かったのに。

「だからきみが、まつりに何か思う必要も無いし、何を思うのも自由だよ。試した訳じゃない。ただ、なんだろうな……もっと話してみたいんだ」

 才能は、世界の冷たさを教える。
黙って武器を研ぐ覚悟を植え付ける。

「話してみたいって、何?」
ちょっとイラッとした。
「ぼくが、異星人か何かに見えるって事?それとも珍妙な生物に見える?
 そういうの、直した方がいいと思う」
まつりは少し視線を逸らして申し訳なさそうに言う。

「二度とネタにしない。していたら宣戦布告と取って構わない。
これでいい?」

なんだかおかしくて吹き出した。
「―――あははっ。そんなこと言うの、お前くらいだ」

 これまで、人に対して、周りの環境に対して何かを思うことなど、到底許されていなかった。
 記憶がいつまでも、ぼくを捕らえ続けている。
 それなのに、なんで今こんなに感情が動いているんだろう。

「次になんかあったら、宣戦布告があったら、ぼくを搾取するしか能がない下等確定だって市中引き回しで宣言してもらう。いい、絶対だからな」
「君って面白いね。じゃ、それで仲直りとしようか」
まつりは、なぜか、愉快そうに笑った。
だから、なんだか、変な感情だった。


(認めてくれる人って、居るんだな)
 普段、なにがフラッシュバックしても口に出すことは出来ない。
いつも、平然と笑っていることだけがぼくに赦された役割だったから、なんだか落ち着かない。

(2023年1月4日PM1:00加筆)








それなのに、まつりは落ち着いて居て、
「不思議だな。なんだか、君なら好きになれそうな気がするよ」
なんて言った。

 「――――は?」
その、無責任な言葉にイラッとした。
「ぼくなら、って、どういう意味だ」

他人を好きになるには才能が必要だってさっき言ったばっかりじゃないか。

『それ』がどれほど限られた人間にしか出来ないことか。
どれほど恵まれた才能なのか。
なのに。
「ふーん、やっぱり、こういうトコに住んでるやつってのは、他人の足元を見るのが好きなんだ!」

そう思ったときには毒づいていた。

「最ッ悪な趣味だな!」

今どうしても、ハッキリと目の前で言ってやりたい。
そう思った。
「ぼくはお前の事、嫌い」

 まつりの驚いた顔。
偉そうに。そんなに驚く事か。
 あれくらいでぼくが絆されているとでも思ったか?
ざまぁみろ。


――――あぁ、自分が愛されていると思い込んで相手を量っている傲慢な相手を目の前で否定して、嫌うのはなんて気分がいいんだろう!
ぼくの好きな事かもしれない。


「何度も言ってやる。嫌いだ、そんなに嫌がらせが好きなら、もう来ないから」


大人たちは、日々、通貨のように好意をやり取りする。
それを知っている。

 まつりは、そんなぼくを見て、数秒固まる。やがて、何か思い当たったみたいに、「あぁ」と呟くと、

「ごめんね。そういうの、慣れてるかと思ったから」
きょとんとしたままで、そんな事を言った。慣れてるってなんだ。




――――何を思うか試されて、でも願いを叶えることも、何も思う事も許されなくて。
ただ、聞かれるだけで。
出たいよ、逃げたいよ、離れたいよ、どんなに思っても
 そこから出して貰えなくて。
誰も、
『ぼくを知らない』



きっと、こいつも――――


「聞くだけじゃないよ。まつりが叶えられることなら、叶えてあげる」
「なんで?」
「だって、聞かれるだけって嫌でしょう? 足元を見て、揺さぶって、それじゃ、侵略者と変わらない」

「な……んで……」
 そんな、わかったような事を言うんだろう。
 「なとなと」
「まつり」

「なとなと。なとなとはまつりと居ても、全然怖がらないね。こんなふうに怒られたのも、初めて。嬉しい。えへへへ。ねぇ、なとなと」

まつりは、笑う。幸せそうに。
どうしてなんだろう。
ぼくを見て、ぼくを視とめて、幸せそうに呼ぶ。
「――何」
 自分を親に呼ばれるのが嫌いだった。誰に呼ばれるのも嫌いだった。
なのに、
(なんで……まつり選ばれるのは、嬉しい。まつりがぼくを呼んで、選んでくれる)

「まつりは、屋敷の外に出れないからさ。誰も教えてくれないし。外の話、聞かせてよ」

「外の……」


 俯いたときにふと、足元に小さな黄色い花を見つけた。
「あ、類浜タンポポだ」

「え?」
「ほら、西表とか、固有種。数が少ないんだ。この種類は西洋タンポポよりも花が多くて、ちょっと特徴的なんだよ」

 まつりの足元に咲いていた小さな花。
黄色い花たち、まっすぐに伸びる茎。
昔、何処かの山で見た事があるけど、ふもとでは殆ど野生を見ない。
見られたってだけでなんだかテンションが上がる。

「この辺にもあるんだなぁ……どこかから飛んできたのかな、外来種が増えて、遺伝子汚染が深刻になってるのに。確か、なんとかって学会が棲息地の分布調査してるって、ニュースでやってた」

言ってから、はっと我に返った。いけない、つい喋り過ぎた。
 他人に対して、馴れ馴れしすぎたか。思わず恥ずかしくなる。
まつりは特に気にすることもなく、消毒された箇所に絆創膏を貼り付けた。

「ふうん。ここら一帯は佳ノ宮家の敷地だし、そういうの、どうかなぁ……研究者も敬遠しそう」

まつりは、じっと、それを見つめている。
何か、思う事でもあるみたいに。


 「あ、あぁ……」
一方的に喋って普通ウザがられると思ったから、拍子抜けした。
 わからない。こいつは、何を考えている?
クラスメイトなら、こんな話、つまらなそうにするのに。

なんだか恥ずかしくなって、目を逸らす。
「ま、まぁ、どっちでもいいと思うけどね。こいつらが静かに過ごせるなら……」

 持て余した感情のまま、ぼそぼそ、そんな独り言を言っている間、そいつは、初めて子どもらしいあどけない声で、

「まつりも、空、飛んで行けたら良いなぁ」
なんて言った。
「いつかいけるよ」
 心の声を自然と口に出していた。
人々が今も自分にとっての神を想うのも、貧しくても神の前でこの身すら惜しくないのもきっと、こんな感情なんだろう。
「どこにだって」