202006171247
「別に、あなたたちがそれでいいなら、それも、一つの関係、なの、かしら。でも、それなら彼の性癖を探すなんて、しなくて良いんじゃないかしら」
別に反応が欲しいわけじゃなかったのだけど、だけど……静かだからか、まつりの方が余計に、いつもよりも話している気がした。
「彼に最初の霊障が出た時期にも、やっぱり少し、制御について思っていたんだ。無暗に何でも留めるだけじゃ無理があるなって。彼も、成長するし」
「制御?」
「あの家に来てすぐくらいかな。スーパーで『すばき』って名前の人が居たことがあるんだけど、偶然そこでそのすばきさんの盗難事件を発見しちゃって」
「あらぁ」
「実際に、揉め事とかって、あのときからは随分ご無沙汰だったのにね。
すばきさんが暴れているのを見て、何か、思い出したんだと思う。急に顔色が悪くなって」
「話飛んでるけど、その、すばきさんっていうのが、泥棒してたのね」
「主婦だったよ」
「……」
「子連れだったよ」
それは本当に何気ない事件だった。単なる窃盗騒ぎだった。
ひとつずつの品物はそこまで高くはないけれど生活用品をどっさりと箱に入れる大胆な犯行手口で外に清算前の品物を持ち出そうとしていた。
「番外編に収まるような、些細な、よくある揉め事だったんだけどね、彼の記憶の引き金は多い。その場で過呼吸になってしまって、熱が出て、って具合でさ。それから、すばき、とか椿、とか響きが似ているものを避けるようになってしまったのが、実は少し前のことなんだ」
話は、それだけでは終わらなかった。何かに憑かれたかのように始終ぼんやりするようになり、時々何かをひたすら呟いて居たけれど本人は無意識らしい。あとから知った話では同時期にここからちょっと遠い地域になるけれど、すばきさんの家の近所でも窃盗が多発して心を病む人まで居た程だったという。
「身元は」
「聞いた話を総合した限りだと、ちょっとグレてるおうちだね」
彼女はカーブを曲がりながらくすくすと笑う。
「なんだか、懐かしい響きだわ。そういう、些細な犯罪から始まってて実は末端だったなんての」
「あら、ルビーたんもそう思う?」
「昔数十名ほど殺したもの」
「組とか団体様の何とかって、やっぱりどこかその辺の人と違う部分があるんだろうね。そういう何か異様なものを感じていたのかもしれない」
「まぁ、目の前で箱ごと持っていくなんて、海外の大胆な手口か、逃げる自信があるか、お馬鹿さんくらいしか見ないからただでさえ異常者だわね」
「海外、か……」
「なに?
「べつに。作家を殺したっていう作家の人が昔海外に住んでいなかったかって聞かれてるドラマの場面思い出しただけ」
とにかくそりゃそんなのが、子連れの主婦をしてて、さらに目の前で「捕まりたくない」と駄々を捏ねてたりしたら、繊細な子なら心くらい病むかもしれない。
「さぁ、軽く知的な障がいがあったらしいけどさ、盗むことが目的になっているやつ。何度も再犯してるとか」
後から聞いた話だと、すばきさんの家の近所に住んでいた人たちが次々に病んで引っ越して行った伝説を持つらしい。
「その……再犯するしなぜかすぐ捕まらないしで、あちこちに盗みに入ってたから、部分的に、その辺りの住民の空気が淀んだというか、しけたというか、みんな疑心暗鬼になったようなことがあってさー。どうしたって出かけるとその空気が流れて来るから、なおのこと過敏になっていたんだと思う」
彼が繊細なのは理解していたけれど、かといってあそこまで影響を受けるようになってしまったのはああいう集団を目撃するようになった途端だった。
しかしそれらは既に昔から存在しており、完全に避けること自体がなかなか難しい。
「まつりを見ても平気なのに、ああいうのの何か、うーん……シチュエーションもあったのかな、とにかく、慣れて行くしかないんだろうけど」
人避けはしていたつもりだった。不用意に、まつりが示した関係者以外とは接触することはそうないだろうと思っていたのに。嫌な偶然なのか、『向こう』も何か勘付いているのだろうか?
「そういうのさ、信じるのは勝手だけど……」
まつりが何か言う前に彼女は苦笑して呟いた。
「私もだてにこんな世界で生きてきていないから、あなたと彼の名前からしても、神との繋がりがなくてはならないのくらい想像がつくけど
あまり、人に言わないで」
「どうして?」
「はたからみればそれは「毒」よ……」
彼女は、いつも突き放すような、グサグサと突き刺すようなことを平然と口にする。なぜ、そんなにまで尖っているのかわからない。
わからないけれど、彼女は、もしかするとまつりに何か恨みでもあるのかもしれない。
そのくせ、まつりから逃げようともしないし、嫌いだからと避けようともしない。バカなのかもしれない。
「怪しいのよね、いわゆるスピリチュアル系。すぐ霊障のせいと除霊に走る。相談をしても神様しだいだとか言って」
「いや、それは、相談とは言わないと思うけど……どんな神様をイメージしてるの?」
持ち霊だかなんだかを飛ばして、人間を従わせる気なのか?
霊は、魂だ。神という意味ではないのだが……
「信仰に熱心で、食事や学校行事がないがしろにされる。毒親というより、毒”電波”親?
神や霊を都合よく利用して、親という役割から逃げているみたいだわ」
「よく、そんな適当な解釈が思い付くね? まつりたちの名前や、状況からも、それとなく示されていると、知ってるんでしょうに」
適当なんかじゃない!
彼女は語気を強めた。
ななとが眠っているのに気がつき、小声になる。
「……カルトはそうだったから」
彼女にとって、神といえば悪霊を従えたり、祟りから逃れるために壺を買わせたりイニシエーションを行うイメージしかないのか。
「カルト……?」
「昔、うち、入信していたのよ」
202012110131─7/716:13加筆