×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

・・・

カフェに行っていた時間。
 少しして夏々都がトイレに向かったのを見送りながら、まつりは端末を操作していた。
端からは、なんだか楽しそうに見える。


「何してるの」
業務連絡の折り返しの傍ら、ルビーたん、がなんとなく訪ねると、まつりは楽しそうに「久しぶりに、歌を上げてるんだよー」と言う。
「歌、って……、行動範囲が広いのね」
「歌も一種の創作活動だよ」
歌うのは好きだったけれど、実際そんなに披露する機会は無い。身体が弱く、出歩けないときにはゲームやパソコンの画面すら見れないので唯一の気分転換だった。
「あれこれ製作しながら歌ってると、なんかちょっと楽しいしね」
そのときちょうど、店内のBGMが切り替わる。
「『ハワイアンブルーの群青』、か」

――――『友達、家族には、こんな姿を見られたくないのに』

シルビアは少し、悲し気に呟いた。
「公共放送、ねぇ」


静寂。
 『最近カラオケで嫁と歌ったんだけどさ』
『榎谷さん、嫁と仲が良いですよね』
遠くで、すれ違う赤の他人の話が聞こえてくる。

「あの榎谷って人嫁と歌ったってさ」

 自分の業務連絡が一旦落ち着いた彼女が一応振ってみたが、まつりは反応を示さなかった。榎谷は自分たちとは違う世界の住民。そもそも視界に入っていないのだろう。

その後、まつりたちはずっと無言でのメール会議をしていた。




──作戦が上手く行くと良いのだけど、作戦自体より厄介なものと戦わなきゃならない

──作戦は大丈夫よ。まだなにか?

──実際、三親等以内の身内には彼の概念に関わらせない方がいいんだ。
なのに常に、身内を監視に付ける気でいる。
困ったなぁ。
 血を辿って常に『奴ら』が向かってくる結論は出ていて、他人が使用した場合でもそれが自分や周囲の生物で再現されて操られている。でも身内は気付かない。


これは常につけている当人の記録からもわかっている。物心がつくより前から……

──そうは言ってもそんなの偶然でしょ?

──偶然でも必然でもこんなに高い確率で身の危険に晒されていることがあるのか。
  指を少し切ると言ったことから、病気まで……周囲や本人の身体であらゆる影響が再現されている、という報告も、いつも大袈裟だと言って一向に聞き入れない。まるで、碧と同じだ。

「川の切り崩しに関しても同様だ。
鬼怒川、球磨川、太田川の氾濫が、同時期に起こった。
あの時期に南側が洪水になったのも――ニッシーたちが、そもそもの因子に……洪水そのものが起きているのは彼らの挙動とリンクしている」



――――せっかくまつりが抑えていたのに。『あのとき』に、外部が何かしたんだ……

 まつりの瞳が不気味に光る。
無表情なのに、なんだかやけに怒っているのが伝わる。
シルビアは恐る恐る呟く。

――――何か、って、確か、貴方から引きはがそうとしただけじゃないの?
ほら、余計なことまで知ってしまいそうだし。

――――でも、それだけで、此処までの力を……?


 かつて、まつりの役を他の人に代えないか、と上に言われ断ったこともある。場が持てばいいからと軽い気持ちで情報そのものを全く無関係な別人が重ねて、あるいは弄ろうとされたこともある。
  衛星ではない自身の独自情報を残すことが、どれだけ彼には貴重かも知らないで。けれど、『前回の件』で夏々都はまつりを呼ぶのに慣れて居るし、記憶もそれに紐づいていることを嫌という程知った。
 少しだけ嬉しいような感情に浸っていると、シルビアがちょっと、と声をかけてきた。

「何?」
「貴方たちがそれでいいなら一緒に居れば良いと思うけど。でもさ、大丈夫なワケ? ちょっと前に、百江様が亡くなったばかりでしょう?」
 百江は、まつりたちの祖母だ。
少し前に、死亡が確認されている数少ない身内。系列の学園で学長を務めていた祖父をよく支えていた。元気な人で、自らメイドを取り仕切っても居た。
直接の死因は病死だと言われている。


「あぁ……もう、聞いてたんだ」
 まつりはやけにあっさりと答えた。
屋敷が無くなったとき、死体すら残らなかった者も居るから、その中ではまだ心の整理を付けやすかったのだろうか、祖母が亡くなったと聞かされた際は悲しみと共に、ほんの少し安堵のようなものがあった。

「本当に、その、亡くなられた、のよね?」
少し最近までピンピンしていた。
彼女もよく知っている事だったので、やや訝し気だ。


「うん。でもこんなご時世で、『普通に』亡くなってるんだから凄いもんだよ」
まつりが言うと、彼女は複雑そうに呟く。
「そんな普通、で感心する貴方が、私は少し心配。ま、貴方なら『こっち』でもうまくやれるんでしょうけど」
「なるべく、そうはなりたくないもんだね」
言いながら、彼を思い出す。柔らかそうな黒髪、白い肌。無垢な瞳。
「彼が、笑っていられるうちは」
彼はまつりの亜麻色の髪が好きだと言っていたけれど、まつりも彼のあらゆる総てが愛おしい。
 シルビアは、はぁ、と重い息を吐きだす。
「あー、甘ったる! はいはいはいはい! あーあー。性の喜びを知りやがって」

よろこび?
  まつりは、彼女のぼやきを聞き流しながら、窓越しの空を見上げた。
ぼんやりと考える。  
祖母が病死、と言われているのはわかっている。  
それでも、胸騒ぎがする。立て続けに身内が亡くなったからだろうか。
彼が『箱』から解放される。まつりが屋敷から外に出た。
  それだけのことで、その最中で、これまで近しい人が何人死んだだろう。

百江おばあ様も学園創立関係者の権限を持つ一人だった。
 その一人が死んだことについては、その面では学園の権限に介入するに都合の良い状況が生まれてしまった。
理事長が変わった時期に、まるで合わせるみたいにタイミングが重なっているのだ。


「ちなみに兄たちが殺害に関わったかも、って言う話もあるよ、ほら、家無いとほぼただのニートだから。長男たちって家事なんかメイド任せでろくに出来ないし。 今だと惣菜やレトルトばっか食べてるだろうな」
「家事がどうしたの?」
「介護や入院させるよりも殺して家が欲しかったのかもって事。家賃はタダだし、食生活は保険金とか、バイトとかで補うんでしょ」
 彼女は数秒、静かになった。何に対するものなのだろう。今更『死』に過剰に反応する性格とは思えない。それとも、生きている人間の関係性が恐ろしいのだろうか。

「陰謀論も、心当たりあり過ぎるんだよなぁ」悩ましい問題だった。
まつりも他人事と言い切れない。


「そうね。理事も怪しいし……あのおば様が、訃報を知ったらそれこそ、権力奪還とばかりに動くのではないの?」
「確かに、変だなって気持ちもある。そもそも、死んだのか、まつりにも信じられない。突然だからね。何か法案でも通ったのかなってくらい急だったよ」
「エリザの死亡の件もあるし、屋敷の解体後、組織への口封じが無い、と言い切れないのは辛いわ」
「病気と、伴う転倒による内臓の損傷って話だったんだけど、死体は綺麗なものだったんだ。でも、きっと何度聞いても、変わらないさ。病死は病死、死んだら死んだだけ、それを証明する手段はもうない。柩で燃えちゃったし」
「そう……」
 祖母、エリザ、関係者の誰か。
「母様が生きて居たら、それに加えて母様の訃報を聞いて居たのかな」

 誰かがずっと付け狙っていて、事件にとって、あるいは組織にとって都合の悪い人物を少しずつ減らしているような気がする。
なんて口に出す事すら憚られた。 言ってしまえば何かとすぐにでも向き合わなくてはならないような気がして。


 もし、口封じで自らにいいようにしようとしている何者かが居るのだったら、次は学園の権限を乗っ取るつもりで居るのか。
(だが、なんの為に……)

202012110131─7/716:13‐2023年2月2日−2023年2月3日5時00分加筆