会鍵 *


正直、モテないわけではない。
愛の告白をされたことも、人並みにある。
しかし彼女にとっては、弟である矢霧誠二が唯一無二の存在だった。

だから、折原臨也の元に通うことも、彼の部下として働くことも、そのことを世間からどんな好奇の目で見られようとも、大して気にも留めず、この日もこうして律儀に厄介な彼の自宅前に立っていた。

「私よ」
カメラ付インターホンを押して、一言だけ告げる。
返事もないまま鍵とロックチェーンの開く音がすると、いつもと変わらない恐ろしいほど爽やかな笑顔で迎えられた。

「おはよう」
「今日の仕事は?」
人間を愛してる、と主張してやまない彼の、愛に満ちているらしい挨拶を見事に無視すると、大分構造に慣れてきた部屋の奥へずかずかと上がり込んだ。

「ねえねえ、波江さん」
やたらと鼻につく甘ったるい声で、丁寧に彼女の名前を呼ぶ男を一瞥すると、素っ気なく「何」と返す。

「波江さんさあ、面倒じゃない?」
「何が?」
この男と関わって面倒だと思わなかったことがない彼女に今更そんな質問をぶつける彼のことを、変なものでも見る目つきで眺めた。

何より、この男の口から相手を労う言葉が出たのをろくに聞いたことがない。
近いところでしばらく生活しているうちに、彼にまつわる噂の数々を身をもって実感した彼女は、何を言い出すのかと身構えた。

「鍵」
「は?」
全く理解のできない、予想外の単語に耳を疑う。

「いや、毎日毎日インターホンを押して俺が鍵を開けるのを待ってるわけでしょ。ここのところは天気がいいけど、雨だったり風だったりの時は大変だろうと思って」
だから、と言って、彼は唐突に彼女の左手をとり、その手のひらに何かを握らせた。

「…これって」
「この部屋の鍵。ああ、心配しないで。それスペアだから」
大きな楽しみでも見つけた少年のように無邪気な笑みを彼女に向けると、窓を背にした自分の机に腰かける。

「天気の悪いときには私が来ないっていう考えはなかったの」
「波江さんは律儀だから。あ、余計な意味はないよ、全く」
「余計な意味って何よ」
それには答えず早々にパソコンをいじり始めた男を一睨みすると、彼女は左手に鍵を握ったまま、余計な意味を考え始めた。




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