何が違えばよかったの? #


「ドタチンー、ドタチンー。」

道路脇に停止した、渡草も遊馬崎もいないワゴン車を降りて自販機をいじる京平を、絵理華は中から間延びした声で呼び止めた。

「私にもレモンティー」
「言われなくてもわかってる」
「やっぱドタチンてエスパー?」
「やっぱってなんだ、それに俺はエスパーじゃない」

ワゴン車に乗り込んでペットボトルのレモンティーを絵理華に渡すと、「ちぇ、二次元到来しないかなー」なんて愚痴をこぼしている。

「あ、お金」
「おごりだ」
「いいよー私だって一応社会人だし」
「気が向いたんだからおごられておけよ」
「じゃお言葉に甘えて」

軽口を叩きあって京平が助手席に腰を下ろすと、背中でペットボトルの蓋を開ける音がした。
絵理華はレモンティーを一口飲むと、独り言のようにぽつりと話しだす。

「ドタチンて人のことには敏感なのにね」
「どういう意味だよ」
「自分のことにも目を向けた方がいいよ、ってこと」

京平はバックミラーごしに絵理華を見るが、絵理華の表情は帽子のつばの部分に隠れて見えない。

「…狩沢、」
「なーんてね」

何かを言いかけた京平の言葉をかき消すように、いつものヘラっとした笑顔でパッと顔をあげると、

「ドタチンはドタチンだからいいんだよ。ちなみに埼玉の暴走族の何とかって人ともっと仲良くなれば私得なんだけど」
「千景な。それに仲良くっつーか喧嘩が一応収まっただけだろ」
「あれはどう見ても友情以上の何かが芽生えたって」
「どう見ても友情以下の何かだろ」

すっかりいつもの調子に戻った絵理華の様子に京平はため息をつき、そんな京平をみて絵理華はフフっと笑った。
こくん、とレモンティーを傾けて最後の一口を飲み干すと、

「ねえドタチン」
「何だよ」

京平の服の肩口のあたりを軽く引っ張って、いたずらっぽく目を細めると、絵理華はいつもの軽い雰囲気のまま京平に話しかける。

「ドタチンの気持ちとか、私に言っちゃダメだよ」

唐突に変わった話題は、内容さえ違えば、冗談でも言っているようなトーン。
でも、絵理華が京平に伝えたのは、京平が絵理華に寄せる好意への、先回りした断りだった。

「別にね、ドタチンのことそういう対象に見れないとか、そういうんじゃなくて」

空になったペットボトルの蓋を閉め、もう一度両手の中に抱える。

「私じゃドタチンを傷つけるよ。傷ついたってドタチンは笑っていてくれるだろうけど、私はドタチンに傷ついてほしくない」

ワゴン車の窓を開けて、自販機の横に置かれたゴミ箱に空のペットボトルを投げ入れると、カランと音を立ててゴミ箱に吸い込まれるように入っていく。
「やったぁ」と間延びした声をあげる絵理華に、京平はようやく口を開いた。

「…知ってたんだな」
「ドタチンとは長い付き合いだもん。大体わかるよ」
「それもそうか」

かぶっていたニット帽を脱ぐと、京平もようやく買ってきた缶コーヒーに口をつける。
京平は絵理華に寄せる好意を自覚していると同時に、絵理華が少なからず自分のことを好意的に思ってくれていることも感じていた。
その一方で京平は、絵理華が、今まで京平が作ってきた縁や立場に強引に割って入るような人じゃないというのもよく知っている。
だから、絵理華の言葉を京平は受け入れる。

「先に言いやがって」
「ごめんね?」
「断られる気もしてた」
「やっぱドタチンエスパーじゃん」
「エスパーじゃねえって」

さっきまでと同じような会話を繰り返すと、バックミラーごしに目を合わせてどちらからともなく笑い合う。

「ドタチン」
「何だ」
「ありがとね」
「礼なんか言うなよ」
「多分ずーっと好きだよ」
「未来形の告白ってアリか?」
「アリでしょー、何となく最先端っぽくない?こういう悲恋っぽいシチュだと過去形も現在形もありがちなんだもん」

フフッと不敵な笑みを浮かべる絵理華は、携帯を取り出すと遊馬崎に電話をかける。

「もしもしゆまっちー?ねえねえ、未来形の告白っていいと思わない?え、過去形も現在形も悲恋っぽいシチュの王道じゃん。それをあえて悲恋にしないってのもいけると思わない?」

そんな絵理華の声を聞きながら、京平は読みかけの文庫を開く。
何事もなかったように振る舞うのには、二人とも慣れすぎていた。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -