愛していない証明 *
優しくないよねぇ。
見る人が見たらそれだけで嫌悪感に肌が粟立ちそうな笑顔で、臨也はコーヒーカップを手にしている波江にそれだけ言った。
「はぁ?」
波江もその笑顔に嫌悪感を抱く側の人間で、まるで毛虫でも眺めるような目つきで臨也を見る。
「コーヒー、俺の分も注いできてくれればいいのに」
「ブラックは嫌なんでしょ?」
「うん嫌だね。何が好きで黒くて苦いだけの飲み物を飲まなきゃいけないのさ」
「あなたみたいに砂糖をむやみに入れるのも気持ち悪いわ」
「だって甘くならないじゃん」
「コーヒーは香りを楽しむもので、味が一番じゃないと思うけど」
わざわざ豆を挽いて作るコーヒーからは香ばしい匂いがして、波江は満足げにカップに口をつける。
そんな様子をつまらなさそうに見ていた臨也は、くるりと椅子ごと一回転してその場に立った。
「波江」
「何よ」
「俺にもコーヒー淹れてよ」
「嫌よ。大体あなた今立ってるんだから、少し歩いて自分で淹れてくればいいじゃない」
「俺は波江に淹れてほしいの」
「子供じゃあるまいし、わがまま言わないで」
「波江の意地悪」
ふてくされながら臨也が渋々キッチンに姿を消すと、波江はらしくもなくふぅっとため息をつく。
コーヒーから立ち上る湯気がゆらりと揺れて、波江の視界を一瞬白く曇らせた。
「ねえ、波江」
大量の砂糖とミルクを入れたコーヒーを持って、リビング兼仕事場に再び姿を見せた臨也は、そんな波江の様子を見ていつもとは全く違うトーンで声をかける。
「疲れてるんじゃない?」
「誰が?」
「波江が」
そう言うと、波江の机に自分のカップを置いて臨也は波江を後ろから抱きしめた。
「何するのよ」
「波江は俺のことものすごく嫌いかもしれないけど、俺は人間の中でも特に君が気に入ってるんだ」「意味わからないんだけど」
「あー…、簡単に言えば君が寂しそうだったから」
「寂しくてもあなたのことは求めてないわ」
「まあまあ、俺と波江は友人でも、ましてや恋人同士でもない。だったらこんな行為にしても、お互いそう感情的になることはないと思わない?」
自分勝手な臨也の言い分に波江はほとほと呆れながら、それでも臨也の腕を振りほどくことはせずに両手に持ったコーヒーと背後の臨也の空気に包まれていた。