欲しいモノが出来てしまいました #
「雨だな」
「そうだな」
狩沢と遊馬崎がいないワゴン車の中で、俺と渡草は特にすることもなく、糸を引くような雨の降る窓の外を眺めていた。
彼らのラノベや漫画は無造作に車内の床に置かれていて、ただただ怠惰な時間が流れている。
「渡草よお」
「何だ?」
「今欲しいモノって何だ?」
「欲しいもの、か…」
ふうむ、と渡草は目を細めてワゴン車の天井を仰ぐ。
「そういうお前はどうなんだ?」
「俺は…」
暇潰しにでもと思いつきで訊ねた質問に、俺も頭を抱える。
欲しいものを考えても、あまり物欲がないのかこれといったものが特に思いつかない。
「俺、ルリちゃんのサイン会チケットかな」
「サイン会なんてあるのか」
「来年の初めにあるんだよ」
「来年って…」
「ルリちゃんに会ったら写真撮ってほしいな」
「向こうのサービス精神次第だろ」
携帯を開いて待受でポーズをとる聖辺ルリを眺めると、渡草は画面を眺めたまま真顔になる。
俺は俺で全く考えがまとまらないで、仕方なく池袋の街をどこかへ向かって歩いていく人の流れを見送っていた。
ガラッ
後部座席のドアが開く音がして、両手いっぱいにラノベやら漫画やらグッズやらを抱えた狩沢と遊馬崎が、相変わらずのオタクトークを繰り広げながらワゴン車に帰ってきた。
「ただいまー」
「お待たせしましたっす」
「おう」
「それでさー、ゆまっち」
「さっきの話っすね」
どうもとある漫画の結末の予想に夢中なようで、挨拶もそこそこに遊馬崎に話し掛ける狩沢を見て、俺はひらめいた。
「渡草」
「ん?」
「欲しいもの決まった」
「お、何だよ」
「狩沢」
「へ?」
渡草がエンジンをふかし過ぎるのと、聞き耳を立てていたらしい遊馬崎がペットボトルのお茶を吹き出すのが同時で、名前を呼ばれた狩沢は二人の突然のリアクションにきょとんとしている。
「ドタチン、何?」
きっと俺と渡草の話は聞こえていたんだろう。
怪訝な顔でこちらをうかがってくる狩沢を引き寄せて、俺らしくもない意地の悪さを見せつけたのは、ワゴン車のサイドミラーを静雄の投げた標識がかすった直後のことだった。
とめどなく溢れる涙に愛を抱く 様に提出