裏切る鞘 *


みんなが笑って暮らせる日常には、それなりに裏側ってのが存在している。
私や全蔵なんかは、その裏側にいる人間だ。人を傷つけ、時には血も流して、そうして得られるのは何かって聞かれると、はっきりとは答えられない。

「たまに虚しくなるのよね」

昼下がりの喫茶店。
学生や若いカップルが多い一角に座ってる私達も、端から見ればただの恋人同士程度にしか見えない。
その実話している内容は来週の「仕事」の打ち合わせ。まさか日の沈まないうちから誰かを傷つける相談事をしてるなんて、誰も思わないんだろう。

「始末屋さっちゃんも疲れるか」
「そりゃね。決して笑ってられる仕事じゃないでしょ」
「まあな」

そう言ってへらりと笑う口元が、たまにたまらなく意地悪に見える。
私達は忍だ。表情一つで相手をごまかすなんて手慣れてる。
誰も信じられない生き方をしてる私だけど、あなただけは信じていたい、なんて、贅沢かな。

「どうした?」
「何でもない、それより来週の話だけど」

テーブルの上の書類を何枚か広げて、家の見取図や家族構成なんかを頭に入れる。
一度見たらすぐに燃やすからいつも資源の無駄なんじゃないかって思うんだけど、裏側に私達みたいな人間がごまんといる以上、表の人たちに何かあっちゃいけない。
傷つくのは、私たちだけでいい。


_ _ _


「準備はいいか」

視線を送るだけの合図を交わして、私と全蔵はそれぞれ表と裏の門につく。
今回は私達以外に手練れが数人いて、それなりに大掛かりな仕事だ。
風を切るかすかな音がして、誰かが屋敷の中に入り込んだ気配。
また誰かが傷ついてしまう、その事実に、今更心が苦しくなる。
私も誰かを傷つけるために、その中に飛び込んだ。


_ _ _


キィィン、と耳障りな金属の音がしたと思ったら、次の瞬間には首筋に刃が当てられていた。
ヤバいと思ってももう遅くて、あ、私はここで死ぬのか。
今更死ぬことに恐怖は感じないし、未練も思ったよりないけど、これでもう誰かを傷つけなくてもいいんだと思ったら、死ぬのも悪くないかも、なんて。
覚悟して目を閉じて、そして、斬られる衝撃も痛みも感じなかった。

「…え?」

ドサッと音がして、うっすら目を開けてみると、私を殺そうとしていた人は足元に崩れる。

「…全蔵」
「なんて顔してんだ」

耳障りな音は周りから消えていて、私を殺そうとしていた忍が最後の一人だったんだと気づく。
さっき当てられていた刃に、いつの間にか傷つけられていた首筋がチリチリと痛む。

「ありがと」
「礼言われるようなことじゃないだろ」
「助けてくれたじゃない」
「…手の届くところにいるんだ、掴めるもんは掴む」

照れ隠しなのか野暮なのか、そんなクサい言葉につい笑ってしまう。
痛っ、とつい傷口を抑えると、全蔵は手拭いを添えてくれた。
薄い布越しの指の感触が、むずがゆいような、恥ずかしいような。

「おい」
「何?」
「独りで勝手に傷ついてんじゃねえよ」
「え?」
「俺もお前も、同じ人殺しだろ」

ああ、もう。
人並みに幸せになろうとは思ってない。
だけど、いつも隣にあなたがいて、私を絶対裏切らないから、せめで誰かの隣に寄り添っていたい、なんて贅沢言いたくなるのよ。



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