残酷な浮雲 美しい雨


(山さち)

無茶はしない、と自分に言い聞かせている時点で、今の私はかなり無茶してる。
ドMであるという点を除けば勝ち気な性格の私が、告白なんてイベントに挑戦しようとしてる、なんて口が裂けても言えない。

今年のバレンタインは張り切ってみたのだ。何にしようかとずっと悩んで、ようやくトリュフのレシピを選んで、練習もして、そうやって精いっぱいの想いを込めて。
彼に本気の気持ちをわかってほしくて、でも知られたくなくて、結局仲いいクラスメートにも同じ物を渡しちゃったけど、それでよかった。
去年の今頃は意識の片隅にもなかった人なのに、たった一年で私は彼に夢中になっていた。
はにかんだ笑顔も、不器用な優しさも、いざってときは頼りになるところも、一年で全部見つけた。
この一年、私は山崎が大好きだった。

「おはよう猿飛さん」
「おはよう」

ストーカーを簡単に撃退できる彼女は、私の恋の唯一の相談相手。二人でお互いの恋愛観や経験なんかを喋ってる時間は、本当に楽しい。

「告白できるといいわね」
「やってみせるわよ」

一緒に教室に入れば、またいつも通りの賑やかな一日が始まる。
勝負は今日の放課後。平静を気取ってるけど、心臓はバクバクだし頭の中は失敗しないかどうかの心配でいっぱい。銀八先生ごめんなさい、大好きな先生の授業も今日だけは身に入らなさそうです。


_ _ _


こういうときほど一日が過ぎるのはあっという間だ。
あとはもうHRを終えて、帰るだけ。
お妙ちゃんがこっそり励ましの手紙をくれた。張りつめた緊張の糸は、それだけで震える。
こんなに長い片想いは初めてで、誰かにちゃんと告白するのも初めてだ。
土壇場でかまないかな、とか、肌荒れてなかったっけ、とか、しょうもないことばかり頭に浮かぶ。
昼休みに、山崎からホワイトデーのプレゼントをもらった。
かわいらしいデザインのケースと、中には飴玉。これを選んでるときの彼がどんな顔をしてたのか考えるだけで楽しい。

「猿飛さん」

山崎くん行っちゃったわよ、と言われて慌てて廊下を見ると、なぜか小走りの彼。
後先考えず追いかけだしたから、途中でお妙さんの弟とかにぶつかったけど、それでも立ち止まれなかった。
今日まで伝え損ねた想いは、ないことにするには大きすぎる。


_ _ _


追いかけて山崎が行き着いた先は、校舎のそばにある大きな桜の木の下だった。
昇降口に出て、雨雲が出ているのにようやく気づく。
木の下には山崎以外の誰かがいる。あれ、これって。

「待たせてごめん」

ううん、と首を横に振るのは、A組の女子だった。ボブの髪型が可愛くて、何回か話したことのある子。

「こないだの返事、なんだけど」
「う、うん。そうだよね」

これって、まさに私が今からしようとしてたことじゃない?
先越されてたのかって大きな脱力感と、山崎モテるんじゃんっていう感心さと、彼女を応援したいちょっとの優しさが、私の頭の中でぐるぐる。

「俺でよかったら」
「…え?」
「俺でよかったら、付き合ってください」

こういう場面ですら低姿勢なところも、やっぱり好きになった要素なんだと思う。
いつの間にかヘタっと壁にもたれてて、私は空を仰ぐ。
ポタリ、滴が降ってきた。

「猿飛さん?何してるの」

そのまま彼女と帰るのかと思ったらなぜかこっちに向いて歩いてきた。
今の私に、その無邪気な表情は辛いの。

「帰ろうかと思って。あなたこそ何してるの」
「傘取りに。雨降ってきちゃったけど傘あるの?」
「お妙さんに入れてもらうわ」
「そう。じゃあ志村さん待ち?」

バーカ。よっぽどそう言ってやろうかと思ったけど、やめた。

「あの子、」
「え?」
「付き合うんでしょ?おめでと」
「あ…見てたの?」

今頃になって赤くなっている山崎に、今の私はどんな風に見えるんだろう。

「お幸せに」

傘をさして帰ろうとする山崎の後ろ姿に一言だけ投げかけると、私の好きな笑顔ではにかんで、ありがと、と言っていった。
いつまでもその姿を見送って、校門の向こう側に姿が消えた頃になって、ようやく我に返ってくる。
好きで好きで、溢れ出しそうなくらい抱いていた思いは消せないから、消えないから、鍵をかけて閉じ込めよう。

ヘタリとその場にしゃがみこんだ私の足元には、外でもないのに滴がポタリとこぼれていく。





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