心の臓
「全知全能の言葉をください」
心は見えないから、いつだってこの心臓をあげたかった。
言葉で、声で、涙で解き放った瞬間に心はすべて嘘になるから、わたしをそのまま食べて欲しかった。
君の心が解らなくて恐いから、その心臓を奪って食べてしまえば良いよ。
じょうずに言えなくて嘘にするくらいなら、
ほんとうのことをひとつも君に伝えられないなら、
君の声さえ嘘にしかならないなら、
ほんとうのことはがひとつもわたしに届かないなら、
光の届かない暗闇の孤独の中で死んでしまったってわたしは良かったんだ。
君がわたしを食べて融け合えば互いのことがもっとちゃんと解るかもしれない。
だけど、いつまでも君を独り占めしたいから、君をそのまま食べてしまえば良い気もして。
「わたしの体は、わたしが愛するあなたたちが、じょうずに分け合って食べて下さいね」
そうすることで伝えたかった。
嘘じゃないほんとうを、届けたかった。
だけど恐いんだ。
君が不味いと思ってしまいそうで。
君にわたしは、不味いかもしれなくて。
圧倒的に勇気が足りないわたしは、わたしの心臓を君に捧げることも、君の心臓を奪い取ってわたしのモノにすることも出来ずに、諦観という名の冷たい水底でただ笑っている。
時折水面から伸びて来る君の手が、
わたしをすくい上げるその手の感触が、
言葉も無くただ抱き締める君のその温度、
その瞬間だけが、きみだけがきっとほんとうのことで、
そのことが嬉しくて落ちる涙の温度が、
君がわたしに与えた心が、
今に至る総てが嘘でなく残ることを、
そしていつしか誰かに伝わることを、
祈るわたしさえ偽物なんかでは無いことを、
夢に見る(理想を抱く)
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[mokuji]
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