「棗のキスって野生的よね」

光さんの一言で、わたしと棗さんが同時にアイスティーを吹いた。





暑いから海に行きたいという弥ちゃんの提案に乗り、都合のついた(13-6=)7人で出発したドライブ途中、棗さんの運転する車内が、光さんの言葉で妙な雰囲気と紅茶の香りに包まれつつあった。

「…どういう意味だよ」
信号待ちで、洋服に飛んだアイスティーを拭きながら問う棗さんに、助手席の光さんが楽しげな目線を向けている。
わたしはというと、吹いてしまったアイスティーがすぐ隣で眠る弥ちゃんにかかっていないかどうかの最終確認をしながら、改めて光さんの突拍子の無さにドキドキしていた。

棗さんとは、俗に言う、お付き合いをする仲にあることは確かであり、それを知っている光さんの質問もまるでおかしなことを聞いているわけではない、のだが。

「なんていうか〜、荒々しい、噛みつくみたいなキスじゃない?抱き締める時は優しいくせしてがっついた口付けなんて肉食ってカンジ…ねぇ、名前ちゃんもそう思う、でしょ?」
「は、はぃい!?」
突然後部座席を振り返った光さんに話を振られ返事にあからさまな動揺が出てしまった。今日の光さんは男性の格好をしているのに、何故だか言葉や仕草は随分と女性的だ…それも意図的なものなのだろうか。
はいと言えば良いのかいいえと返すべきなのか、よく分からずに曖昧な笑顔を返しては見たのだけれど。
棗さんはと言えばたった今しがたの2度目のアイスティー吹きによって汚れたハンドルを片手で拭いている。

何故また今日に限って、ここまで光さんが踏み込んだ話をするのだろうか、そしてとても楽しそうなのだろうか…と、ここでひとつわたしの中に大きな疑問が生まれた。まさか。

「もしかして、光さんは棗さんとキスしたことがあるんですか?」
「っおま…っゴハッgふa%!!」
ギリギリで吹き出すのを堪えた棗さん、今度は噎せた。
その隣で光さんは目に涙を浮かべて爆笑。
どうやら的外れなことを聞いてしまったらしいことに気付いて、少し恥ずかしいような、笑ってもらえて嬉しいような複雑な気持ちで口をパクパクさせていると、落ち着いた光さんがぼそりと呟いた一言、

「可愛いな、名前は」
「…え、と、いやいや、そんな!」
ここにきて男性言葉に戻り、更に突然の名前呼び…と少し戸惑いつつもぶんぶんかぶりを振ると、またあの愉快そうな顔で微笑った。
「お手洗いに寄りたいから、棗、次コンビニか何処かで止めてくれる?」

***

青色の縞が目印のコンビニエンスストアに車を停め、しばしの休憩。お手洗いに降りた光さんを待ちながら未だすやすやと心地良さそうに寝息をたてている弥くんの寝顔を見ていると、煙草を買いに出て行った棗さんが戻ってきて後部座席の扉を開けた。

「アイスティー、切れただろ。アイスコーヒーしか売ってなかったんだが」
「わざわざすみません…ありがとうございます」
差し出されたプラスチックカップを受け取れば、掌から伝わるひんやりとした温度が気持ち良い。隣で同じくアイスコーヒーを口に運ぶ棗さんを横目に見ながら、早速ストローに口を付けた。

「あの、さ」
ふいにこちらへ向き直り、扉を閉めて後部座席に座り直した棗さんが歯切れ悪く切り出した。
「どうかしましたか?」
「あー…その…ひか兄に」
「光さんに?」
「…そそのかされた」

随分と決まり悪そうにぼそぼそと、まるで叱られて不貞腐れた子どものように目を伏せながら話す棗さんを見るのは初めてで。なんだろうこの可愛い生き物は、と心の中で呟いて思わず笑みが溢れてしまった。

「…なんで笑ってるんだよ」
「いや、ちょっと、棗さんが可愛らしくて」
「な…!?オマエな、誰のせいで…ってオマエのせいじゃないのか…まぁいいや、だから、とにかくだな」
「はい」
「キスしていいか」
「はいィ!?」

淡々と告げられたその台詞に、しかけた返事の語尾がひっくり返ってしまった。口にアイスコーヒーを含んでいなくてよかった、危うく目の前の整った顔をコーヒー塗れにしてしまうところだ。

「どうしてそうなるんですか!今真昼間ですよ…!?」
「だから言っただろ、そそのかされたって」
「そんな覚えありませんけど!」
「あー…その、ひか兄が、キスがどーとか、お前のこと名前で呼んだりとか、してたからなんかこう…滾った」
「な、なんですかそれ、滾ったってそんな、お湯じゃないんだから…!」
「だから…あーもう、ちょっと口、貸せ」
「口貸せってちょ…」
渾身のボケも効き目無し、あっという間に近付いた端正な顔立ちに、どっと鼓動が早くなる。こればかりは何度経験しても、慣れない。
大きな手で頭の後ろを固定され、押し付けられた唇が少し食むように動く。光さんの言った「野生的」という言葉がふと頭によぎって、かぁっと顔に熱が集まるのが分かった。
角度を変えた口付けの後、すぐにふわりと熱が離れて遠ざかった切れ長の瞳と目が合う。

「おま…っそんな顔すんなよ…」
少し狼狽えたような表情の理由を聞こうと口を開きかけたと同時、引き寄せられて骨張った腕がそっと頭と背に回る。なるほど、確かに抱擁はキスに比べてとても優しいものだな、なんてまたしても光さんの言葉を思い出してしまう、のだが。

「お前…そんな物欲しそうな顔されると我慢出来なくなるぞ」
「なっ」
一瞬とはいえ、心の奥底で物足りないと思っていたことが顔に出てしまっていたようで。真昼間からキスなんてと抵抗しておいてまんまと雰囲気に飲まれるなんて、もう、いっそ穴を掘って埋まってしまいたい程に恥ずかしい。

「流石にこの場では耐えるが…今晩、覚悟しておけよ」
低めの声が耳を擽り、指が髪を梳く。その感触に鼓動が跳ねて、頭に上った熱がますます増していく。
自分の単純さに呆れながらも、熱りの拠り所を求めて大きな背中に手を伸ばそうとした、その時。

「なっくん、今日の夜なにかするの?」
「わ、弥!?」
驚いた棗さんがガバッと身体を離すと、いつの間にか起きていた弥ちゃんが首を傾げている。

「弥ちゃん…!起きてたんだね、お、おはよう…!」
「おねぇちゃん、なっくんとなにかするの?」
「いやいやいや何もしないよ!?」
「ほんとー?」
「ほんと!」

「ちゅーもしない?」
「えっ、ち、ちゅー?し、しないしない!」
「ほんとにほんとー…?」
「弥、おねぇちゃんはなっくんとなーんにもしないの。ちゅーなんてぜーんぜんしないのよ。ね、なっくん?」

絶妙なタイミングで助手席のドアを開けた光さんが、実に楽しそうな笑顔で棗さんの顔を見た。

「なっ、ひか兄…!」
完全に不意を突かれた棗さんに、にやりと笑った光さんから低いトーンでの追い打ちがかかる。
「名前も可愛いけど、ウチの七男も負けないくらい可愛いな?」
「っ…!いつから…」
「え?あぁ最初から。いや、違うな…昨日の夜、棗が名前を部屋の扉に押し付けて…ってとこから、かな?あ、それと…」

最後の方は、棗さんの耳元に口を近付けての囁きではあったけれど、わたしの耳にはしっかり届いてしまって。聞くなり真っ赤になるわたしに、光さんはオマケのウインクまでプレゼントしてくれた。

「…がっつきすぎて嫌われないように、ね?」

***

その後の車内で朝日奈家の七男が遠回し、かつ盛大に弄ばれ、帰りの車に乗り込む際には、全力で四男と一緒の車を避けたことは言うまでもない。


大人っぽいけど子どもっぽい
20160103
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お兄ちゃんにそそのかされて昴のような青さの垣間見える棗が書きたかった!だけど好きな子の前で大人っぽくがっつく棗が書きたかった!以上です。

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