「ほんと、すごい人……」
「平日なのにね。さすが人気のテーマパーク」
 紫苑はそう言って、辺りを見回した。平日だというのに、パーク内は人がごった返していた。ぼうっとしていると見失ってしまいそうで、わたしは必死に紫苑の後を追った。
 わたしは、紫苑が好きだ。勿論、恋愛としての好き、である。彼がわたしをどう思っているのかは知らないけれど、とにかくわたしは幼い頃から、ただひたすらに紫苑だけを見つめてきた。あまり人に馴染めず孤立していたり、少し天然なところもあったが、そんなところも含めて、彼を愛しいと思う。
「沙布、大丈夫?」
 人混みの中、紫苑が心配そうに振り向く。わたしは心配かけたくなくて、大丈夫、と笑った。はぐれてしまわないか不安だったけれど、目を離さないようにすればいいだけのことなのだし。
「本当に人すごい……」
「もうすぐパレードが始まるから、そのために集まってるんだよ」
「あ、そっか」
 そういえば床にブルーシートが敷いてある。もう席取りも始まっているみたいだ。パレードは魅力的だけれど、ちょっとこの人混みの中ではつらいかな、とわたしはひとりで苦笑した。
「あっ」
 男の人の肩が、勢いよくぶつかった。避けることができずに、よろめいてしまう。ああ全く、だから人混みは嫌だ。わたしはそっとため息を吐いた。
「沙布」
「えっ」
 紫苑は突然わたしの手を掴むと、ぐいっと強引に引っ張った。
「ちょっと、紫苑!」
「パレード、見たいんだろ?」
 見たいなんてわたし、一言も言っていない。なのになぜ彼にはわかってしまうのだろう。紫苑はわたしの手をぎゅっと握り、速足で人混みをすり抜けて行く。掴まれている箇所がなんだか熱くて、わたしはどきどきしながら必死に紫苑について行った。

「ここ、パーク全体が見渡せるんだよ。まあさっき通ったときに気付いたんだけどね」
 連れてこられたのは、階段の踊り場だった。観覧車の乗り場がすぐそこにある。そういえばさっきここを通ったとき、自分もパーク内が一望できるなあなんて思ったんだったとわたしは今更思い出した。
「よく覚えてたわね」
「たまたま、だよ」
 わたしはそんな紫苑の謙遜にまたため息を吐きそうになってしまう。紫苑はとても頭がいいのに、それを自慢したりしないし、そんなことはないと言う。しかも本気でそう思っているのだから、仕方がない。そんな性格を知っているから、わたしは紫苑を褒めたり持ち上げたりすることはしなかったけれど、それでもいつも、心の中ではすごいと思っていた。
 掴んでいた手をそっと離すと、紫苑はわたしの隣に立った。そこではたと気付く。
「紫苑……背、伸びたのね」
 頭ひとつ分、紫苑はわたしよりも背が高かった。
「もうすぐ170なんだ」
「そう……」
 気付かなかった。こんなに近くにいたのに、全然。
 一気に伸びた背。少し低くなった声。手を掴み引っ張った力強さ。幼い頃から共に成長し、そして想い焦がれてきた人は、こんなにも大きく逞しくなっていた。
 好きよ、紫苑。その強い想いを本人に伝えてしまいたい衝動に駆られた。きっとわたしは、あなたがどう変わっていってもあなたを好きでい続ける。わたしは変わらず、変わっていくあなたを愛すだろう。わたしは視線を広場へ落とした。眼下ではきらびやかなパレードとショーが行われている。
「沙布、きみと来れてよかった」
「えっ」
 横を見ると、紫苑が柔らかく微笑んでいた。
「すごく楽しいよ。沙布と一緒にいるの」
「……わたしも、楽しいわ」
 わたしは頬がかっと熱くなるのを感じた。もう暗いから、きっと紫苑は気付いていないだろう。というよりも、気付かないでほしい。
 ねえ紫苑、わたしがこの想いをあなたに告げたら、あなたどんな顔をするのでしょうね。もし伝えてしまったら、わたしたちの関係は変わってしまうのかな。一緒にいるのが楽しいと言ってくれるなら、今のわたしはきっとそれで十分に幸せだ。
 わたしはそっと、紫苑が握っていた箇所を指先で撫でると、くすっと笑った。

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